美しいだけが絵画の魅力ではない。美術館の静かな空間で、思わず後ずさりしたくなる絵に出会ったことはないだろうか。
血や暴力が直接的に描かれているとは限らない。むしろ本当に怖い絵ほど、何が起きているのか、しばらく分からない。気づいた瞬間に、ぞっとする。そんな絵ばかりを、30点集めてみた。夜に一人で見るのは、あまりおすすめしない。
1. 《我が子を食らうサトゥルヌス》ゴヤ(1819〜23年頃)

ゴヤが自宅の壁に直接描いた「黒い絵」連作の一枚。自分の子に王座を奪われるという予言を恐れたサトゥルヌスが、生まれた子を次々と食べていたというギリシャ神話の場面を描いている。目を見開き、我を忘れて子の体にかじりつく姿には、神話の荘厳さのようなものが一切ない。ただの狂気がそこにある。

2. 《夢魔》フューズリ(1781年)

眠る女性の胸の上に、小鬼のような怪物が座り込み、その背後からは白目をむいた馬の頭が、闇の中からぬっと現れる。金縛りという現象を、これほど的確に絵にした作品は、他にないかもしれない。あまりの人気に、フューズリ自身が後年、少なくとも2つの別バージョンを描いている。

3. 《快楽の園》ボス(1500年頃)

天国、地上の楽園、そして地獄という三場面が横に並ぶ三連画。とりわけ右翼の地獄絵は、人間が楽器に串刺しにされたり、怪物に飲み込まれたりと、500年経った今見ても、何が描かれているのか説明に困るほどの奇怪さだ。

4. 《ホロフェルネスの首を斬るユディト》カラヴァッジョ(1599年頃)

聖書の一場面とはいえ、首を斬る瞬間の生々しさは尋常ではない。噴き出す血、苦悶する男の表情、そしてそれを見つめる女性の、恐怖と決意が入り混じった顔つき。カラヴァッジョ自身、後に殺人を犯すことになる人物だが、この絵の暴力表現には、どこか本物の緊張感がある。

5. 《イワン雷帝とその息子イワン》レーピン(1885年)

激昂したイワン雷帝が、我が子を杖で打ち、瀕死の重傷を負わせてしまった直後の場面。血まみれの息子を抱きしめる父の目には、我が子を殺してしまったという絶望が浮かんでいる。この絵は歴史上2度、実際に襲撃されている。1913年にはナイフで切りつけられ、2018年には金属の棒で殴打され、大きく破損した。修復には7年近くを要している。

6. 《メデューズ号の筏》ジェリコー(1818〜19年)

実際に起きた海難事故を題材にした絵で、漂流の末に飢えと絶望の淵にある人々が描かれている。生存者への取材や、遺体の解剖まで行って制作したと伝えられ、その執念が、絵の中の生々しい皮膚の質感や、虚ろな表情に、そのまま表れている。

7. 《叫び》ムンク(1893年)

不安そのものを、風景ごと歪ませて描いてしまった絵。何を叫んでいるのかは、実はこの絵の本質ではない。描かれているのは、自然そのものから聞こえてくる叫びに、耳を塞ぐ人物の姿だとされている。

8. 《死の島》ベックリン(1880〜86年)

小舟に乗った白い人影が、糸杉に囲まれた岩の島へと、静かに近づいていく。何も起きていないのに、この絵は不気味だ。ベックリンはこの構図を、5つのバージョンで繰り返し描いている。

9. 《いかさま師》ラ・トゥール(1630年代)

一見、賑やかな酒場の情景に見えるが、よく見ると、視線が奇妙に交錯し、誰か一人が確実に騙されようとしている。直接的な恐怖ではなく、じわじわと来る不穏さを持つ一枚。

10. 《死の勝利》ブリューゲル(1562年頃)

骸骨の軍勢が、逃げ惑う人々を容赦なく襲う光景を、画面いっぱいに描いた作品。ペストや戦乱が繰り返し人々を襲った時代の恐怖が、そのまま形になっている。

11. 《魔女の集会(アケラーレ)》ゴヤ(1797〜98年)

黒山羊の姿をした悪魔を中心に、魔女たちが集う様子を描いた絵。当時の民間信仰や異端審問への風刺だと解釈されているが、暗闇の中に浮かぶ悪魔の顔と、それを取り囲む老婆たちの表情は、風刺という理屈を超えて、単純に不気味だ。

12. 《1808年5月3日》ゴヤ(1814年)

ナポレオン軍によるスペイン市民の処刑を描いた絵。目隠しもされず、両手を広げて銃口を見つめる男の表情には、これから訪れる死への、生々しい恐怖がにじんでいる。

13. 《グロス・クリニック》トマス・エイキンズ(1875年)

麻酔のない時代の外科手術を、写実的すぎるほど写実的に描いた絵。血のついたメスを手にした医師と、それを取り囲む学生たち。発表当初、あまりの生々しさに、展示自体が敬遠されたと伝えられている。

14. 《マラーの死》ダヴィッド(1793年)

フランス革命の指導者マラーが、浴槽の中で暗殺された直後の姿を描いた絵。静かで、ほとんど宗教画のような構図であるにもかかわらず、これが実際に起きた殺人の記録だと知ると、急に空気が変わる。

15. 《ディオメデスを食う馬》モロー(1865年)

人食い馬を飼っていたという、ギリシャ神話の暴君ディオメデスが、自分の馬に食べられる場面を描いた絵。飼い主が餌になるという皮肉な結末が、静かな筆致でむしろ不気味さを増している。

16. 《奴隷船》ターナー(1840年)

嵐の海に、鎖につながれた人々が投げ捨てられている様子を描いた絵。実際に起きた奴隷船での事件(保険金を得るため、病人となった奴隷を海に投棄したとされる)に着想を得ているとされる。燃えるような夕焼けの美しさと、海面に浮かぶ手や足という残酷な現実とが、同じ画面に同居している。

17. 《アルノルフィーニ夫妻像》ファン・エイク(1434年)

一見、穏やかな結婚の場面だが、背後の凸面鏡に映る、正体不明の2人の人影が、見る者に妙な緊張感を与える。誰なのか、なぜそこにいるのか、明確な答えは今も出ていない。

18. 《ラス・メニーナス》ベラスケス(1656年)

幼い王女を描いた絵のはずが、鏡には国王夫妻が映り込み、暗い奥の扉には黒い人影が立っている。恐怖という意味では直接的ではないが、この絵が持つ、見られている側なのか見ている側なのか分からなくなる感覚は、じわじわとした不安を誘う。

19. 《魔女の飛行》ゴヤ(1798年)

裸の男を持ち上げて宙を飛ぶ、3人の魔女を描いた絵。当時の民間信仰への風刺として描かれたとされるが、その悪夢のような構図は、風刺という説明を超えて、単純に恐ろしい。

20. 《カムデン・タウンの殺人》シッカート(1908年)

実際に起きた未解決の殺人事件に着想を得た作品。ベッドに横たわる女性の姿が、眠っているのか、それとも既に事切れているのか、意図的に曖昧に描かれている。

21. 《蚤の幻影》ブレイク(1819〜20年頃)

蚤の魂を幻視して描いたという、鱗に覆われた筋骨隆々の怪物のような姿。詩人であり画家でもあったブレイクが、霊媒的な幻視体験をもとに描いたと伝えられ、その説明を聞いた後では、なおさら忘れがたい一枚になる。

22. 《聖アントニウスの誘惑》グリューネヴァルト(イーゼンハイム祭壇画、1512〜16年)

砂漠で瞑想する聖人に、あらゆる怪物や悪魔が襲いかかる場面を描いた祭壇画の一部。爪や牙、膿んだ皮膚まで、当時の皮膚病患者を収容していた病院の祭壇画として描かれただけに、生々しい説得力がある。

23. 《病める子》ムンク(1885〜86年)

幼くして姉を結核で失った、ムンク自身の記憶に基づく絵。派手な恐怖ではなく、死が静かに近づいてくる気配そのものが、ぼやけた輪郭の中に閉じ込められている。

24. 《切断された頭部の習作》ジェリコー(1818年頃)

《メデューズ号の筏》の制作準備として、実際に解剖室から借りてきた遺体の頭部を、写生した作品。娯楽としての恐怖ではなく、画家自身が本物の死と向き合った記録として、見る者に迫ってくる。

25. 《嫉妬の女(モノマニアック・オブ・エンヴィー)》ジェリコー(1822年頃)

ジェリコーが、精神科医の依頼で制作した、精神疾患を抱える患者たちの肖像画連作の一枚。診断のための資料として、極めて冷静に、しかし逃げることなく描かれた表情は、見る者の心をざわつかせる。

26. 《オフィーリア》ミレイ(1851〜52年)

シェイクスピア『ハムレット』で、歌いながら川に沈んでいくオフィーリアを描いた絵。花々に囲まれた美しい情景でありながら、これから確実に訪れる死を、静かに予告している。

27. 《巨人》(帰属をめぐり議論のある作品、1808〜12年頃)

巨大な人影が、逃げ惑う人々や家畜を見下ろす構図の絵。長らくゴヤの作品とされてきたが、近年は弟子の作である可能性も指摘されている。作者が誰であれ、その圧倒的なスケール感は、見る者を不安にさせる。

28. 《テュルプ博士の解剖学講義》レンブラント(1632年)

医師テュルプが、公開解剖の様子を、集まった医師たちに解説する場面を描いた絵。知的好奇心の対象として、遺体が淡々と描かれているという点に、独特の冷たさがある。

29. 《死の舞踏》ベルント・ノトケ(15世紀末、リューベック聖マリア教会/現存はタリン)

ペストが猛威を振るった時代、身分の上下にかかわらず、誰もが骸骨に手を引かれて踊りながら死へと向かうという主題を描いた壁画。リューベックのオリジナルは第二次世界大戦で失われたが、エストニア・タリンに残る同時代の作例が、今日もその姿を伝えている。

30. 《ベラスケスの「インノケンティウス10世の肖像」による習作》フランシス・ベーコン(1953年)

ベラスケスが描いた教皇の肖像画をもとに、その姿を叫び声とともに歪めてしまった作品。輪郭は溶け、口は絶叫の形に開かれ、権威の象徴だったはずの教皇が、檻に閉じ込められた獣のように見えてくる。

まとめ
怖い絵を30点並べてみて分かるのは、恐怖の種類が実に多様だということだ。
血や暴力が直接見える恐怖もある。《ホロフェルネスの首を斬るユディト》や《グロス・クリニック》のように、目を背けたくなる瞬間を、そのまま描いた絵だ。一方で、《アルノルフィーニ夫妻像》や《ラス・メニーナス》のような絵は、何も事件が起きていないのに、鏡の中の人影や、扉の奥の暗がりだけで、見る者を落ち着かなくさせる。恐怖は、必ずしも血の量に比例するわけではない。
もう一つ気づくのは、恐怖の出どころが、絵の外側にある場合も多いということだ。《マラーの死》や《1808年5月3日》は、実際に起きた事件の記録であり、その史実を知ってはじめて、絵の静けさが不穏なものに変わる。《病める子》のように、画家自身の喪失体験が、絵の奥に沈んでいることもある。絵そのものは同じでも、背景を知る前と後とでは、見え方がまったく違ってくる。
そして《イワン雷帝とその息子》のような例もある。この絵は、描かれた暴力だけでなく、絵そのものが2度、実際の暴力にさらされてきた。1913年にはナイフで、2018年には金属の棒で。修復には7年近くを要している。絵の中の恐怖と、絵をめぐる現実の恐怖とが、奇妙な形で重なり合ってしまった、稀な例だ。
美術館を歩いていて、ふと足が止まる絵があったら、それはもしかすると、こうした何層もの恐怖が、静かに積み重なっている絵なのかもしれない。
