《聖カタリナのいる聖家族(伊:Sacra Famiglia con santa Caterina d’Alessandria)》は、ヴェネツィア派の画家ロレンツォ・ロットが1533年に手がけた油彩画で、現在はベルガモのアカデミア・カッラーラに所蔵されている。「聖カタリナの神秘の結婚」という伝統的な主題を描きながら、通常は脇役にとどまるヨセフを物語の中心に据えるという、ロットならではの大胆な再解釈が施された1枚だ。今回はこの絵がどのように伝統的な図像を覆したのか、そしてこの構図が生んだ数々の複製について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ロレンツォ・ロット(1480頃〜1556/57) |
| 制作年 | 1533年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約81.5×115.3cm |
| 所蔵 | アカデミア・カッラーラ(ベルガモ) |
| 署名 | 「ラウレンティウス・ロトゥス 1533」 |
一言でいうと
指輪の交換という定番のモチーフをあえて避け、幼子の頭を覆う布をめくり上げるヨセフの仕草に、聖なる結婚の意味をすべて託してしまう。伝統を知り尽くした画家だからこそできる、大胆な脱構築。
制作背景
ヴェネツィアを離れる年に
この絵が制作された1533年は、ロットがヴェネツィアを離れ、マルケ地方へと拠点を移した年にあたる。画面のサイズから判断して、この絵は宮殿の礼拝堂を飾るための、個人の依頼主による私的な注文品だったと考えられている。
ヨセフを主役に据えた異例の構成
この絵の最大の特徴は、通常は脇役として描かれることの多い聖ヨセフが、物語の中心的な役割を担っている点にある。ヨセフは幼子の頭を覆う「ヴェラ・コルポラーレ(聖体布のような布)」をめくり上げ、眠る幼子の姿をひざまずく若き聖カタリナへと差し出すように紹介している。この身振りによって、聖体拝領を思わせる宗教的な意味合いが画面全体に強く漂うことになる。
指輪ではなく間接的な象徴で語る神秘の結婚
「聖カタリナの神秘の結婚」という主題は伝統的に、幼子キリストがカタリナの指に結婚指輪をはめる場面として描かれることが多い。しかしロットはこの絵で、その定番のモチーフをあえて避け、周囲の環境や小道具に込められた、より間接的な暗示によって神秘の結婚を語ろうとしている。
少なくとも7点の複製が生まれた原型
この絵は、現在知られているだけで少なくとも7点のヴァリエーションが存在する構図の原型(プロトタイプ)とされている。1632年のフェッラーラの遺言書や1633年のヴェネツィアの記録にも、ロットによる同構図の作品への言及が見られ、この主題がロット自身にとっても、また当時の顧客たちにとっても、繰り返し求められる人気の高い図像だったことがうかがえる。
見どころ

布をめくり上げるヨセフ
画面中央、白髭をたくわえたヨセフが、幼子の頭にかけられた布をそっと持ち上げている。この動作こそが、この絵における最も重要な身振りであり、通常は背景に退くはずの人物が、物語の進行役として画面の中心に据えられている。
石棺のような台に横たわる幼子
眠る幼子キリストは、まるで石棺(祭壇)を思わせる台の上に横たえられている。この設定によって、キリストの将来の犠牲と聖体拝領の主題が、幼子の眠りという穏やかな場面のなかに静かに織り込まれている。
祈りの本から身を乗り出す聖母
画面左、聖母マリアは祈りの本を手にしながらも、読書を中断して息子のほうへと身を乗り出し、庇うように手のひらを差し伸べている。この構図上の配置によって、聖母は物語の中心からやや外れた位置に置かれ、代わりにヨセフが前面に押し出されている。
横顔でひざまずく若き聖カタリナ
画面右には、宝冠をかぶった若き聖カタリナが横顔でひざまずき、幼子に向かって祈るように手を差し伸べている。指輪の交換という伝統的な仕草に頼らず、ただその姿勢と表情だけで神秘の結婚という主題を伝えようとしている。
実際に見るには
本作はベルガモのアカデミア・カッラーラに所蔵されている。2020年にはヴェネツィアのカ・ドーロ、ジョルジョ・フランケッティ美術館に貸し出され、特別展示が行われたこともある。同館では他のロット作品もあわせて鑑賞することができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「聖カタリナの神秘の結婚を描いた典型的な宗教画」として紹介されがちだが、実際にはロットが伝統的な図像の枠組みを大胆に組み替え、ヨセフを主役に据えるという異例の構成を採用している。指輪の交換という定番のモチーフを避けているという点も見過ごされやすく、間接的な象徴の積み重ねによって主題を語ろうとする、ロットならではの独創性がこの絵の核心にある。
FAQ
Q. 《聖カタリナのいる聖家族》はどこで見られますか?
ベルガモのアカデミア・カッラーラに所蔵されている。
Q. この絵の主題は何ですか?
「聖カタリナの神秘の結婚」という伝統的な主題を、ヨセフを中心に据える形で再解釈した作品である。
Q. なぜヨセフが中心に描かれているのですか?
通常は脇役にとどまるヨセフに、幼子の姿を紹介する重要な仕草を担わせることで、物語の進行役として位置づけているためである。
Q. この絵はいつ、誰のために描かれましたか?
1533年、私的な依頼主のために、宮殿の礼拝堂を飾る目的で制作されたと考えられている。
Q. 同じ構図の作品は他にもありますか?
現在知られているだけで少なくとも7点のヴァリエーションが存在し、この絵がその原型とされている。
まとめ
《聖カタリナのいる聖家族》は、伝統的な「神秘の結婚」の図像から指輪の交換という定番の仕草を取り除き、代わりにヨセフの手による布の動きに物語のすべてを託した1枚だ。脇役を主役へと押し上げるこの大胆な組み替えのなかに、ロットが宗教画の伝統をどう自分なりに問い直していたかが、静かに、しかし雄弁に表れている。
