《母と二人の子供(独:Mutter mit zwei Kindern III、英:Mother with Two Children III)》は、オーストリアの画家エゴン・シーレが1915年から17年にかけて手がけた油彩画で、現在はウィーンのベルヴェデーレ美術館に所蔵されている。頭巾をかぶった母親と、その左右に寄り添う2人の幼子を描いたこの絵は、それまでシーレが繰り返し描いてきた「死せる母」というモチーフから一歩踏み出した、彼にとって珍しい主題の作品だ。今回はこの絵に描かれたモデルの正体と、シーレの家族に対する心境の変化について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | エゴン・シーレ(1890〜1918) |
| 制作年 | 1915〜17年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約150×160cm |
| 所蔵 | ベルヴェデーレ美術館(ウィーン) |
一言でいうと
死んだ母親ばかりを描いてきたシーレが、初めて「生きている母」を描いた1枚。ここに描かれたのは実際の家族の記録というより、彼の心境の変化そのものを映し出す寓意画だ。
制作背景
「死せる母」から「生きる母」への転換
シーレは1910年以降、母子というモチーフを繰り返し探求しており、「死せる母I(1910年)」や「盲目の母(1914年)」といった、生と死が濃密に絡み合う作品を数多く手がけてきた。この絵はそうした系譜のなかでも、初めて「死んでいない」母親を描いた作品として位置づけられている。制作が始まった1915年当時、シーレと家族との関係は改善に向かっており、彼はモデルを務めた自分の母親に対して、以前よりも寛容な視線を向けるようになっていたとされる。
実の母と甥をモデルに
この絵で母親役のモデルを務めたのは、シーレ自身の実の母親だった。また1914年末、彼の妹ゲルティと親友アントン・ペシュカのあいだに生まれた甥アントン・ジュニアが、絵のなかの2人の子どもたち双方のモデルとなっている。ただしこの絵は、実際の家族写真のような記録として見ることはできない。シーレの制作は個人的な状況に触発されてはいたものの、彼の寓意画は決して明確な自伝的物語として構成されていたわけではなかった。
生と死が交錯する寓意画として
美術史家たちはこの絵に、シーレが幼くして父を亡くした経験や、その後の人生に付きまとってきた感情の処理を見出している。ベルヴェデーレ美術館も、この絵を生と死が力強く絡み合う作品として位置づけている。一見すると穏やかな家族像でありながら、その奥には死の影が静かに漂っているのだ。
見どころ

頭巾をかぶった母親の眼差し
画面中央、灰色がかった頭巾をまとった母親は、鑑賞者をまっすぐに見つめている。その視線の強さと直接性が、この絵全体の焦点となっている。仮面のように見えるベールに包まれたその姿は、どこか幽玄な雰囲気をたたえている。
左右対称に配された2人の子ども
母親の左右には、鮮やかな柄の衣装をまとった子どもたちが対称的に配置されている。この構成は、シーレの寓意画に多く見られる「2人組」という構図から一歩踏み出し、3人の人物からなる新しい構図への挑戦を示している。
白い布に包まれた膝元
母親の膝には、しわの寄った白い布が大きく描かれている。この布の存在が、画面全体を包み込む静けさと、どこか儀式めいた雰囲気を強調している。
角ばった輪郭と誇張された手
シーレならではの角張った線と、誇張された手の表現が、この絵にも顕著に表れている。写実的な穏やかさよりも、緊張感と力強い造形を優先するこの様式が、感情の深みを伝える手段として機能している。
実際に見るには
本作はウィーンのベルヴェデーレ美術館に所蔵されている。同館には「死と乙女(1915年)」や「抱擁(1917年)」といったシーレの他の代表作も収蔵されており、あわせて見ることで、彼が生涯を通じて追求した生と死、そして人間関係の主題の広がりを知ることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「シーレ自身の家族を描いた写実的な肖像画」として単純に紹介されがちだが、実際にはモデルこそ実の母と甥であるものの、明確な自伝的物語として構成された作品ではない。単なる家族の記録としてではなく、生と死が絡み合うシーレ独自の寓意画として見ることで、この絵の本来の複雑さがより見えてくる。
FAQ
Q. 《母と二人の子供》はどこで見られますか?
ウィーンのベルヴェデーレ美術館に所蔵されている。
Q. モデルは誰ですか?
母親役はシーレ自身の実の母親、2人の子どもは甥のアントン・ジュニアがモデルになっている。
Q. なぜこの絵は他の母子像と違うのですか?
それまでシーレが繰り返し描いてきた「死せる母」というモチーフから離れ、初めて「生きている母」を描いた作品とされているためである。
Q. この絵はいつ制作されましたか?
1915年に着手され、1917年ごろに完成した。
Q. この絵にはどんな主題が込められていますか?
美術史家たちは、シーレが幼少期の父の死をはじめとする経験を処理する過程として、生と死が絡み合う寓意を読み取っている。
まとめ
《母と二人の子供》は、死のイメージにとらわれ続けてきたシーレが、初めて生きた母親を描いた転機となる1枚だ。実の母と甥をモデルにしながらも、単なる家族の記録にとどまらず、生と死をめぐる彼自身の内面の変化を静かに映し出している。
