《エッフェル塔(仏:Tour Eiffel)》は、フランスの画家ロベール・ドローネーが1911年に手がけた油彩画で、現在はニューヨークのグッゲンハイム美術館に所蔵されている(制作年は1911年だが、画面には1910年の日付が記されている)。パリのシンボルであるこの塔を、ドローネーは生涯にわたって何十点も描き続けた。今回はこの絵が属する連作の全体像と、ドローネーが「破壊的段階」と呼んだ制作時期の意味について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ロベール・ドローネー(1885〜1941) |
| 制作年 | 1911年(画中の日付は1910) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | グッゲンハイム美術館(ニューヨーク) |
| 様式 | オルフィスム(シミュルタネイスム) |
一言でいうと
窓辺のカーテンのように湾曲する周囲の建物のあいだから、エッフェル塔が突き抜けるようにそびえ立つ。近代の象徴であるこの塔を、ドローネーは幾度も描き直しながら、具象から抽象へと自らの絵画を解体していった。
制作背景
オルフィスムという新しい潮流
エッフェル塔連作は、ロベール・ドローネーとその妻ソニア・ドローネー、そしてフランティシェク・クプカが共同で切り開いたオルフィスムという新興の芸術運動のなかで描かれた。この様式はキュビスムに鮮やかな色彩とさらなる抽象化を加えたもので、時系列・様式ともに彼の「サン=セヴラン」連作と「窓」連作の中間に位置づけられる。
「破壊的段階」と呼ばれた時期
この絵が制作された1911年前後、ドローネーは自らこの時期を「破壊的段階」と呼んでいた。塔と周囲の建物をさまざまな視点から同時に提示するこの手法は、彼が好んだ広大な空間と大気、光の感覚を存分に発揮すると同時に、近代と進歩の象徴としての塔の性格を強調するものだった。ゴシック大聖堂の高くそびえるヴォールトのように、エッフェル塔はフランス独自の発明と志の象徴とされていた。
窓とカーテンというモチーフ
この時期のドローネーは、塔とその周辺の都市を、カーテンで縁取られた窓越しに見るという構図をたびたび用いている。この絵でも、塔を左右から挟む建物群がまるで垂れ下がる布のように湾曲して描かれている。窓やそこから見える景色というモチーフへの関心は、内的な状態から外的な状態への移行を象徴するものとしてガラス窓を用いた象徴主義の伝統ともつながっており、後の「同時の窓」連作へとつながっていくことになる。
見どころ

幾何学的に分解された塔
画面中央にそびえるエッフェル塔は、鋭く尖った幾何学的な断片へと解体されて描かれている。この分解によって、塔は静的な建造物ではなく、視線の動きそのものを表現する動的な形態へと変貌している。
カーテンのように湾曲する建物群
塔を挟む左右の建物は、まるで窓辺のカーテンのように弧を描いて湾曲している。この演出によって、鑑賞者はあたかも窓越しにこの光景を見ているかのような感覚を抱かされる。
立ち上る雲
画面上部には、塔の背後から立ち上る雲のような白い塊が描かれている。この曖昧な形態が、塔の周囲に広がる大気の質感と、画面全体の動きを強調している。
複数の視点の同時提示
ドローネーはこの絵で、塔を単一の視点からではなく、複数の視点を同時に提示するように描いている。この手法は、目が空間と時間のなかを移動していく様子そのものを表現しようとする「シミュルタネイスム(同時主義)」の思想を体現している。
その後の展開
エッフェル塔という主題への関心は、ドローネーの生涯を通じて繰り返し立ち返られることになる。1920年代にも彼は再びこの塔を主題に取り上げ、複数のヴァージョンを制作している。同時期にパリを訪れたイタリア未来派の画家ウンベルト・ボッチョーニも、ドローネーの「サン=セヴラン」やエッフェル塔連作を目にしていたとされ、この断片化された動的な空間表現は未来派の視覚言語の発展にも影響を与えたと考えられている。
実際に見るには
本作はニューヨークのグッゲンハイム美術館に所蔵されている。同館には連作の他の作品「木々のあるエッフェル塔」や「赤い塔」も所蔵されており、あわせて見ることで、ドローネーがこの主題をどのように変奏し、抽象化を深めていったかをたどることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「エッフェル塔を写実的に描いた都市景観画」として単純に鑑賞されがちだが、実際には複数の視点を同時に統合し、近代の象徴を解体しながら再構成するという、当時としては極めて実験的な試みが込められている。単なる建造物の記録としてではなく、視線と時間そのものを絵画に取り込もうとした挑戦として見ることで、この絵の本来の革新性がより見えてくる。
FAQ
Q. 《エッフェル塔》はどこで見られますか?
ニューヨークのグッゲンハイム美術館に所蔵されている。
Q. この絵はいつ制作されましたか?
1911年に制作されたが、画中には1910年の日付が記されている。
Q. なぜ建物がカーテンのように湾曲して描かれているのですか?
窓越しに景色を見るという構図をドローネーが好んで用いており、周囲の建物をカーテンのように演出する効果を狙ったためである。
Q. 「シミュルタネイスム」とはどんな考え方ですか?
複数の視点を同時に提示することで、視線が空間と時間のなかを移動していく様子を絵画に表現しようとする思想である。
Q. ドローネーはエッフェル塔を何点描きましたか?
1909年から1920年代にかけて数十点にのぼる連作を手がけている。
まとめ
《エッフェル塔》は、近代フランスを象徴するこの建造物を、複数の視点から同時に描き出すことで、静的な記録ではなく動的な視覚体験へと作り変えた1枚だ。ドローネー自身が「破壊的段階」と呼んだこの時期の実験は、のちの完全な抽象絵画への確かな布石となっている。
