《ホロフェルネスの首を斬るユディト》とは|屋根裏部屋から発見された「もう一枚」の謎を徹底解説

《ホロフェルネスの首を斬るユディト》(1598〜99年頃)は、バロック美術の先駆者カラヴァッジョによる油彩画で、ローマのバルベリーニ宮国立古典絵画館が所蔵する作品です。旧約聖書外典に登場する寡婦ユディトが、アッシリアの将軍ホロフェルネスの首を剣で斬り落とす、まさにその瞬間を描いたこの絵は、当時の常識を打ち破る生々しい写実表現で物議を醸しながら、後世、屋根裏部屋で発見された「もう一枚」の存在をめぐる謎まで生み出した作品です。

目次

基本情報

項目内容
作者カラヴァッジョ(1571〜1610)
制作年1598〜99年頃(1602年説もあり)
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ145×195cm
所蔵バルベリーニ宮国立古典絵画館(ローマ)
主題旧約聖書外典『ユディト記』
モデル(推定)フィリーデ・メランドローニ(ローマの高級娼婦)

一言でいうと

《ホロフェルネスの首を斬るユディト》は、それまでの画家たちが好んで描いてきた「首を斬り終えた後の場面」ではなく、あえて斬首の瞬間そのものを選んで描くことで、決意と嫌悪感が入り混じったユディトの複雑な表情とともに、生々しい暴力の現実を余すところなく突きつけた作品でありながら、後年、真贋をめぐって専門家の間で今なお議論が続く「もう一枚」の存在によって、さらに謎めいた物語をまとうことになった一枚である。

制作背景

『ユディト記』は、旧約聖書外典に伝わる物語で、寡婦ユディトが、自らの美しさでアッシリアの将軍ホロフェルネスを誘惑し、酒に酔って眠り込んだ彼の首を、その剣で斬り落として同胞の街を救ったという逸話を伝えています。この主題は16世紀を通じて、ボッティチェリやドナテッロ、ジョルジョーネ、マンテーニャなど、数多くの画家たちによって繰り返し描かれてきました。

カラヴァッジョはこの絵で、多くの先行作品が描いてきた「事後の場面(切り落とした首を掲げるユディト)」ではなく、あえて最も劇的な瞬間、すなわち斬首そのものの瞬間を選んで描いています。ユディトのモデルは、当時カラヴァッジョの複数の作品にモデルとして登場していたローマの高級娼婦フィリーデ・メランドローニだったと推測されています。血しぶきや斬首の生々しい描写は、この数年前にローマで公開処刑されたベアトリーチェ・チェンチの様子を、画家自身が目撃した記憶に基づいているのではないかとも考えられています。

見どころ

構図:画面は舞台のように浅い奥行きで構成され、人物たちは横からの強い光を浴びながら、漆黒の背景の中に浮かび上がっています。仰向けに横たわり、無防備な姿で首を斬られるホロフェルネスに対し、ユディトとその老いた侍女アブラが右側に立ち、彼の上に覆いかぶさるように配置されています。X線調査によって、カラヴァッジョが制作の過程でホロフェルネスの首の位置を調整し、胴体からわずかに離し、右側へとずらしていたことが明らかになっています。

表情の表現:三人の人物の顔には、カラヴァッジョの感情表現における卓越した力量が表れています。とりわけユディトの表情は、勝利の高揚感ではなく、決意と嫌悪感とが複雑に入り混じった、両義的な心理状態として描かれている点が特徴的です。後にアルテミジア・ジェンティレスキをはじめとする画家たちが同じ主題を手がけ、身体表現の写実性においてはカラヴァッジョを凌駕したとも評されていますが、ユディトの内面のこの両義性を捉えた点では、彼に並ぶ者はいなかったとも言われています。

評価と論争

この絵に対する同時代の反応は分かれました。ルネサンスの巨匠たちによる理想化された表現を好んだ人々は、この絵の生々しい写実性を下品で不快なものと受け止めましたが、支持者たちは、伝統的な表現から逸脱したこの大胆さを高く評価しました。カラヴァッジョは、殺人がいかに正当化されうるものであっても、それが本来持つ凄惨さを、あえて包み隠さず描こうとしたのだと考えられています。

「もう一枚」の謎

この絵をめぐっては、興味深い後日談があります。カラヴァッジョは1607年にナポリを離れる際、《ロザリオの聖母》とともに、同じ主題を描いたもう一枚の《ユディトとホロフェルネス》を、ナポリのアトリエを共有していた画家ルイ・フィンソンとその協力者に託していったとされています。この作品はその後長らく行方不明となっていましたが、2014年、フランス・トゥールーズのある屋根裏部屋で偶然発見され、2019年には競売にかけられる大きな話題となりました。この「トゥールーズ版」がカラヴァッジョ自身の真筆なのか、あるいはフィンソンによる模写なのかについては、専門家の間でも今なお意見が分かれています。

よくある誤解

誤解①「この絵はカラヴァッジョが手がけた唯一のバージョンである」→ 実際は真贋をめぐって議論が続く『もう一枚』の存在が知られている
バルベリーニ宮所蔵のこの絵が唯一無二の作品だと思われがちですが、実際には2014年にフランス・トゥールーズの屋根裏部屋で発見された、同一主題の別バージョンが存在し、これがカラヴァッジョの真筆なのか、それとも画家ルイ・フィンソンによる模写なのかについて、今なお専門家の間で議論が続いています。

誤解②「ユディトの表情は勝利の喜びを表している」→ 実際は決意と嫌悪感が入り混じった複雑な心理として描かれている
悪を討ち果たした英雄的な場面から、ユディトの表情も誇らしげな勝利の喜びを示していると思われがちですが、実際にはカラヴァッジョは、彼女の顔に決意と生理的な嫌悪感とが同時に浮かぶ、極めて複雑で両義的な心理状態を描き込んでいます。

FAQ

Q. 《ホロフェルネスの首を斬るユディト》とはどんな作品ですか?
A. カラヴァッジョが1598〜99年頃に手がけた油彩画で、旧約聖書外典『ユディト記』に基づき、ユディトが敵将ホロフェルネスの首を斬り落とす瞬間を描いています。バルベリーニ宮国立古典絵画館が所蔵しています。

Q. なぜこの絵は当時物議を醸したのですか?
A. 理想化された表現が主流だった当時の美術において、血しぶきや斬首の様子を生々しく写実的に描いたことが、下品で不快だとする批判を招いたためです。

Q. 「もう一枚」とはどのような作品ですか?
A. 2014年にフランス・トゥールーズの屋根裏部屋で発見された、同じ主題の別バージョンで、カラヴァッジョの真筆か、画家ルイ・フィンソンによる模写かをめぐって、今も専門家の間で議論が続いています。

Q. 《ホロフェルネスの首を斬るユディト》はどこで見られますか?
A. イタリア・ローマのバルベリーニ宮国立古典絵画館が所蔵しています。

まとめ

《ホロフェルネスの首を斬るユディト》は、それまでの画家たちが好んで描いてきた「首を斬り終えた後の場面」ではなく、あえて斬首の瞬間そのものを選んで描くことで、決意と嫌悪感が入り混じったユディトの複雑な表情とともに、生々しい暴力の現実を余すところなく突きつけた作品でありながら、後年、真贋をめぐって専門家の間で今なお議論が続く「もう一枚」の存在によって、さらに謎めいた物語をまとうことになった一枚です。420年以上前に描かれたこの斬首の瞬間は、美術史における写実表現の限界を、今もそのままの生々しさで突きつけています。

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