《ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像画後の習作》(英:Study after Velázquez’s Portrait of Pope Innocent X)は、イギリスの画家フランシス・ベーコンが1953年に手がけた油彩画で、現在はアメリカのデモイン・アートセンターに所蔵されています。17世紀の巨匠ディエゴ・ベラスケスが描いた教皇インノケンティウス10世の肖像画を下敷きにしながら、その威厳を大きく歪め、絶叫する姿へと変貌させたこの作品は、ベーコンを代表する「叫ぶ教皇」シリーズのなかでも特に評価の高い一枚です。この記事では、原画からどのように改変が加えられたのか、そしてベーコンがこの主題にこだわり続けた理由を見ていきます。
《ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像画後の習作》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | フランシス・ベーコン(1909〜1992) |
| 制作年 | 1953年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 153×118cm |
| 所蔵 | デモイン・アートセンター(アメリカ) |
| 原画 | ディエゴ・ベラスケス『インノケンティウス10世の肖像』(1650年ごろ) |
一言でいうと
《ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像画後の習作》は、堂々たる威厳をたたえた教皇の肖像画を、口を大きく開けて絶叫する姿へと作り替えることで、恐怖や不安そのものを画面に定着させた作品です。ベーコン自身は「叫びを表現しているのではなく、叫びそのものを描いている」と語っています。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

ベラスケスの原画
本作の下敷きとなったのは、スペイン・バロック期の巨匠ディエゴ・ベラスケスが1650年ごろに描いた『インノケンティウス10世の肖像』です。モデルとなった教皇インノケンティウス10世はベラスケスと旧知の間柄で、この肖像画は西洋絵画史上屈指の傑作として高く評価されてきました。ベーコンはこの肖像画をベースに、1950年代から1960年代初頭にかけて45点以上ものバリエーションを手がけており、本作はそのなかでも最も完成度が高いとされる一枚です。
複数の映像的な記憶が重なる出発点
ベーコンが「叫び」というモティーフに強くこだわるようになったきっかけの一つに、映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』のなかで、オデッサの階段の場面で乳母が叫ぶ有名なシーンがあったと伝えられています。この鮮烈な映像記憶に加え、画家ニコラ・プッサンが手がけた《幼児虐殺》に描かれた叫ぶ母親の姿からも影響を受けていたとされ、複数の記憶やイメージが重なり合いながら、ベーコン独自の「叫び」の図像が練り上げられていきました。
原画を実見しなかったという逸話
興味深いことに、ベーコンはベラスケスの原画を実際に目にすることなく、複製図版だけを頼りに本作を含む一連のシリーズを描き続けたと伝えられています。何度もローマを訪れる機会がありながら、あえて実物を見ることを避けたというこの逸話は、ベーコンにとって重要だったのが精密な模写ではなく、複製図版というフィルターを通して自らの内側に生まれるイメージそのものだったことを物語っています。
見どころ徹底解説

縦に引き裂かれる筆致
画面全体には、まるで透明なカーテンが垂れ下がっているかのような、縦方向のストロークが繰り返し描き込まれています。この筆致によって教皇の姿は幾重にも分断され、輪郭がぼやけながら揺らめいているように見えます。堂々とした静止像であったはずの肖像画が、この効果によって不安定で今にも崩れ去りそうな存在へと変わっています。
大きく開かれた口
ベラスケスの原画では穏やかに閉じられていた教皇の口が、本作では大きく開かれ、絶叫しているかのように描かれています。ベーコンはこの「叫び」について、恐怖や苦悩を説明的に表現しようとしたのではなく、叫びという現象そのものを絵画として提示しようとしたのだと語っています。感情の物語を語るのではなく、感覚そのものを直接ぶつけるという姿勢が、この開いた口に凝縮されています。
黄色い枠が示す檻のような空間
教皇が座る玉座のまわりには、黄色い線で簡潔に描かれた枠が浮かび上がっています。この線は空間を明確に区切る檻や台座のようにも見え、教皇という人物を画面のなかに閉じ込め、孤立させる装置として機能しています。荘厳であるはずの権威の象徴が、この枠によってむしろ息苦しく追い詰められた存在へと転じています。
実際に見るには
本作はアメリカ・デモイン・アートセンターに所蔵されています。市場に出回ることがほとんどないため、その希少性と美術史的な価値はきわめて高いとされています。原画にあたるベラスケスの『インノケンティウス10世の肖像』は、現在もローマのドーリア・パンフィーリ美術館に所蔵されており、機会があれば両者を見比べることで、ベーコンがどこをどのように改変したのかをより具体的に確認することができます。
よくある誤解
本作はしばしば「ベラスケスの原画を忠実に再解釈した絵」として紹介されがちですが、実際にはベーコン自身が原画を実見せず、複製図版のみを頼りに制作したと伝えられています。緻密な模写ではなく、記憶やイメージの重なりのなかから独自の「叫び」を作り上げていったという制作過程を踏まえることで、本作の理解はより深まります。
FAQ
Q. 元になった絵は誰が描いたものですか?
スペイン・バロック期の画家ディエゴ・ベラスケスが1650年ごろに描いた『インノケンティウス10世の肖像』です。
Q. なぜ教皇が叫んでいる姿に描き変えられているのですか?
ベーコン自身は、恐怖を表現しているのではなく「叫びそのもの」を絵画として提示しようとしたと語っています。
Q. ベーコンは原画を実際に見て描いたのですか?
複製図版のみを頼りに制作したと伝えられており、実物の原画を目にすることなく本作を含むシリーズを描き続けたとされています。
Q. 同じ主題の作品は他にもありますか?
1950年代から1960年代初頭にかけて、同じベラスケスの肖像画をもとにした作品を45点以上手がけています。
Q. 「叫び」というモティーフはどこから着想を得たのですか?
映画『戦艦ポチョムキン』の乳母が叫ぶ場面や、ニコラ・プッサンの《幼児虐殺》に描かれた叫ぶ母親の姿から影響を受けたとされています。
まとめ
《ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像画後の習作》は、名画の複製図版というフィルターを通じて、権威の象徴だったはずの教皇像を叫びと不安のイメージへと変貌させた作品です。原画を見ずに描いたという制作姿勢そのものが、ベーコンが目指していたのが忠実な再現ではなく、記憶とイメージの奥にある感覚そのものの表現だったことを物語っています。

