モデルが誰か、今も分かっていない肖像画10選

見つめ返してくる瞳の持ち主が誰なのか、実は誰も知らない。そんな肖像画が、美術史には数多く存在する。名前も身分も伝わらないまま「美しい女性」「若い男」とだけ呼ばれ続けてきた絵、あるいはそもそも特定の個人を描くつもりなどなかったかもしれない絵。今回は、そんな「正体不明のモデル」を持つ肖像画を、10点集めてみた。

1. 《真珠の耳飾りの少女》フェルメール(1665年頃)

「北方のモナ・リザ」とも呼ばれる、ターバンを巻いた少女の横顔。実在の人物を描いたのか、それとも特定のモデルを持たない「トローニー」(理想化された人物習作)なのか、今も研究者の間で意見が分かれている。娘マーリアや、使用人がモデルだったとする説も唱えられてきたが、いずれも決定的な証拠はない。

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2. 《ラ・ベル・フェロニエール》レオナルド・ダ・ヴィンチ(1495〜99年頃)

ルーヴル美術館所蔵。ミラノ公国の宮廷に仕えた女性という説が有力視されているが、具体的な人物名は特定されていない。題名の「フェロニエール」は本来、女性が額に飾る宝飾品を指す言葉で、後世に絵の通称として定着したにすぎない。

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3. 《ラ・フォルナリーナ》ラファエロ(1518〜19年頃)

「パン屋の娘」を意味する通称で知られる肖像画。ラファエロの恋人だったという伝説は広く流布しているが、実名や身元を裏付ける史料は見つかっていない。腕に巻かれた腕輪に画家の署名らしき文字が刻まれていることから、私的な関係を暗示する絵だとする解釈が根強い。

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4. 《青衣の少年》ゲインズバラ(1770年頃)

青いサテンの衣装をまとった少年の全身像。画家の知人の息子がモデルだったとする説が伝えられているが、確証となる記録はなく、複数の候補が並立したままである。18世紀イギリス肖像画の代表作としての名声とは裏腹に、描かれた本人の素性は謎に包まれている。

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5. 《ラ・ベラ》ティツィアーノ(1536年頃)

フィレンツェのウフィツィ美術館所蔵。「美しい女性」を意味する通称のみが伝わり、実際にモデルとなった人物が誰なのかは分かっていない。同時代の貴婦人の肖像とする説や、やはり理想化された美の表現だとする説が併存している。

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6. 《美しきシモネッタ》ボッティチェリ(帰属、15世紀後半)

若くして世を去った貴婦人シモネッタ・ヴェスプッチの面影を写したとされる一連の肖像群。しかし本人を実際にモデルとして描いたのか、彼女の死後、理想の美の象徴として後から重ねられたイメージにすぎないのかは、今も議論が続いている。

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7. 《ポーランドの騎士》レンブラント(1637年頃)

ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵。異国風の衣装からポーランド出身の人物と推測されてきたが、国籍もモデルの身元も確定していない。近年の研究では、特定の人物というより、ある種の「役柄」を演じさせた構成画である可能性も指摘されている。

8. 《笑う騎士》フランス・ハルス(1624年)

快活な口ひげの男性を描いた通称「笑う騎士」だが、実際にはこの人物が騎士階級であったことを示す証拠はなく、通称自体が19世紀以降に定着した俗称にすぎない。モデルの実名も職業も不明のまま、絵だけが独り歩きしている。

9. 《赤いターバンの男》ヤン・ファン・エイク(1433年)

ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵。額縁に刻まれた銘文と、画家自身の自画像の描写に近いことから、ファン・エイク本人を描いた自画像とする説が有力視されている。しかし確証はなく、銘文の解釈自体にも複数の読み方が存在する。

10. 《男の肖像》(様々な無名画家による「作者不詳」肖像群)

美術館のコレクションには、作者すら特定できない「作者不詳」の肖像画が数多く残されている。モデルの身元どころか、誰が描いたのかさえ分からないこれらの絵は、来歴を辿る手がかりの乏しさゆえに、美術史のなかで静かに忘れられがちな存在である。

よくある誤解

誤解①モデルが分からないのは、単に記録が失われているからにすぎない
《真珠の耳飾りの少女》や《ラ・ベラ》のように、そもそも特定の個人を描くことを目的としない「トローニー」という様式が存在したため、モデル不明は記録の欠落だけが原因とは限らない。理想化された美や役柄そのものを描くことが、はじめから目的だった場合もある。

誤解②通称がついている絵は、その通称が事実を反映している
《笑う騎士》の「騎士」や《ラ・フォルナリーナ》の「パン屋の娘」のように、後世に定着した呼び名が、必ずしもモデルの実際の身分や職業を正確に示しているとは限らない。通称は多くの場合、伝説や憶測が積み重なって生まれたものである。

まとめ

モデルが誰か分からない肖像画に共通しているのは、絵そのものの完成度の高さと、その背後にある情報の空白との、大きな落差だ。名前を持たないからこそ、見る者は自由に物語を投影できる。正体不明の視線が、何世紀にもわたって人々を惹きつけ続けてきた理由は、案外そこにあるのかもしれない。

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