《ラ・ベル・フェロニエール》(1495〜99年頃)は、レオナルド・ダ・ヴィンチ、あるいはその工房によって描かれたとされる油彩画で、パリのルーヴル美術館が所蔵しています。深い闇を背景に、額に細い紐飾りをつけた若い女性が静かにこちらを見つめるこの絵は、モデルの正体をめぐる謎と、題名そのものにまつわる誤解の歴史とが分かちがたく絡み合った作品です。
基本情報
作者はレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)、あるいはその工房による作とされます。制作年は1495年から99年頃、レオナルドがミラノのスフォルツァ宮廷に仕えていた時期にあたります。技法は油彩・板絵で、サイズは約63×45cm。所蔵はパリのルーヴル美術館です。
「フェロニエール」という誤解の由来
本作最大の謎は、実はモデルの正体そのものよりも先に、題名の由来にあります。「フェロニエール(ferronnière)」とは、本来、額にチェーンで宝石を垂らして留める装飾品、すなわち額飾りそのものを指すフランス語です。ところがこの言葉は、16世紀フランス王フランソワ1世の愛人とされた「鍛冶屋(フェロン)の妻」という人物の通称としても伝わっており、19世紀のある時期、ルーヴルの学芸員がこの絵のモデルをその「鍛冶屋の妻」その人だと取り違えたことから、絵自体に《ラ・ベル・フェロニエール(美しき鍛冶屋の女)》という誤った通称が定着してしまいました。実際にはモデルが額飾りをつけているにすぎず、この人物と伝説の愛人とを結びつける根拠はありません。つまり本作の題名は、そもそもの成り立ちからして「誤解の産物」なのです。
モデルは誰か|有力視される候補たち
肝心のモデルについては、いくつかの候補が挙げられてきました。最も有力視されているのは、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛人、あるいは彼の妻ベアトリーチェ・デステの侍女だったルクレツィア・クリヴェッリという説です。宮廷の記録に残る彼女の名と、レオナルドがスフォルツァ家に仕えていた時期が符合することから、この説は美術史研究者の間で一定の支持を集めています。しかし、これを確定させる決定的な文書証拠は見つかっておらず、あくまで状況証拠にもとづく推測の域を出ていません。
見どころ|闇に浮かぶ静かな存在感

漆黒に近い背景から浮かび上がる女性の姿は、レオナルドが得意とした明暗の対比(キアロスクーロ)を印象的に用いています。正面をまっすぐ見据える視線と、わずかに開いた口元は、《モナ・リザ》に先立つ、心理的な存在感を湛えた肖像表現の萌芽を感じさせます。額の細い紐飾りは、当時のミラノ宮廷で流行した装飾であり、単なる美的装飾であると同時に、モデルが宮廷に連なる身分の女性であったことを示す手がかりともなっています。
画面下部に見える手すり状の台は、鑑賞者とモデルとの間に一定の距離を設ける構図上の工夫であり、静けさと威厳を同時に感じさせる効果を生んでいます。
評価と影響
《ラ・ベル・フェロニエール》は、レオナルド自身の真筆か、工房作か、あるいは弟子による模作かをめぐって、長年にわたり真贋論争の対象ともなってきました。モデルの正体、題名の由来、制作者の帰属という、三重の不確かさを抱えながらも、その静謐な描写と心理的な深みは、レオナルドのミラノ時代における肖像画表現の到達点のひとつとして評価され続けています。
まとめ
《ラ・ベル・フェロニエール》は、実在した人物の肖像でありながら、その名前も、題名の由来さえも、後世の誤解と推測によって塗り重ねられてきた作品です。モデルが誰であったかを確定する手がかりが失われた今、残されているのは、闇の中からこちらを見つめ続ける、名もなき女性のまなざしだけです。


