《青衣の少年(The Blue Boy)》(1770年頃)は、イギリスの画家トマス・ゲインズバラによる油彩画で、米国カリフォルニア州のハンティントン・ライブラリー(サンマリノ)が所蔵しています。艶やかな青いサテンの衣装をまとった少年の全身像は、18世紀イギリス肖像画を代表する一枚として広く親しまれていますが、その一方で、モデルの身元は今も完全には確定していません。
基本情報
作者はトマス・ゲインズバラ(1727〜1788)、制作年は1770年頃。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは約177.8×112.1cmの、ほぼ等身大の全身像です。所蔵はハンティントン・ライブラリー・アンド・アート・コレクションズ。1770年代のロイヤル・アカデミー展に出品された記録が残っています。
モデルをめぐる通説|ジョナサン・バトール説
古くから広く語られてきたのは、金物商を営む裕福な商人の息子、ジョナサン・バトール(1752〜1805)がモデルだったとする説です。バトール家とゲインズバラの家族には交友関係があったと伝えられ、この人物が本作のモデルだったという物語は、19世紀以降、本作の来歴を語る定番の逸話として繰り返し紹介されてきました。しかしこの説を直接裏付ける契約書や依頼の記録は見つかっておらず、あくまで状況証拠と伝承の域を出ないというのが実情です。
見どころ|ヴァン・ダイクへの敬意

本作最大の特徴は、制作当時(18世紀後半)の流行ではなく、あえて17世紀初頭、ヴァン・ダイクの時代の衣装を少年にまとわせている点です。艶やかな青いサテンの上着とゆったりとした半ズボン、レースの襟は、ヴァン・ダイクが描いた王侯貴族の子どもたちの肖像を強く想起させます。この時代錯誤的な衣装選択は、ゲインズバラが敬愛したヴァン・ダイクへのオマージュであり、同時に、当時の肖像画のあり方をめぐるライバル画家との論争への応答だったとも言われています。片手を腰に当てた自信に満ちたポーズと、羽根飾りのついた帽子を提げた仕草は、少年でありながら堂々とした存在感を画面に与えています。
近年の技術調査では、この画布には別の絵がすでに描かれていた形跡があることも判明しており、ゲインズバラが手持ちのカンヴァスを再利用して本作を仕上げた可能性が指摘されています。
見どころ|一世紀を超えた大西洋横断
本作は1921年、英国からアメリカの収集家ヘンリー・ハンティントンの手に渡り、翌1922年、大西洋を渡って現在のカリフォルニアへと運ばれました。渡米前、ロンドンのナショナル・ギャラリーで公開された最後の3週間には、9万人もの人々が別れを惜しんで詰めかけたと伝えられています。以来一度も英国に里帰りすることなくアメリカに留まり続けている点も、本作の数奇な来歴のひとつです。
評価と影響
《青衣の少年》は、ゲインズバラの代表作であると同時に、英国肖像画がヴァン・ダイクの伝統をどう受け継ぎ、独自に発展させたかを示す記念碑的な作品として評価されています。モデルの身元が確定しないまま、絵そのものの構図と衣装、堂々とした少年の姿だけが独り歩きし、大衆文化のなかでも繰り返し引用される「イギリス絵画の象徴」としての地位を築いてきました。
まとめ
《青衣の少年》は、モデルの実名こそ確証を欠きながら、その謎めいた空白を埋めるように、伝説と敬意と時代を超えた美意識が積み重なってきた作品です。ヴァン・ダイクの亡霊をまとった少年の堂々たる立ち姿は、誰がモデルであったかという問い以上に、絵そのものが持つ強い存在感によって、二世紀半にわたり見る者を惹きつけ続けています。

