《ダナエ》(蘭:Danaë)は、オランダ黄金時代を代表する画家レンブラント・ファン・レインが1636年に手がけた油彩画で、現在はサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されています。ギリシア神話に登場する王女ダナエをほぼ等身大で描いたこの作品は、レンブラント初の等身大裸婦画とされる傑作ですが、1985年に硫酸をかけられ刃物で切りつけられるという事件に見舞われ、12年もの歳月をかけて修復されました。この記事では、この絵に描かれた神話の場面と、事件を経てなお伝わり続けるその姿を見ていきます。
《ダナエ》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | レンブラント・ファン・レイン(1606〜1669) |
| 制作年 | 1636年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 185×203cm |
| 所蔵 | エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク) |
| 主題 | ギリシア神話の王女ダナエ |
一言でいうと
《ダナエ》は、神の訪れを受け身に待つのではなく、自らの意思を示す女性としてダナエを描いた作品です。レンブラント初の等身大裸婦画という点でも、その画業における重要な意味を持っています。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
ダナエという神話
ダナエは、ギリシア神話に登場するアルゴス王アクリシオスの一人娘です。娘が生む息子によって自らが殺されるという予言を受けたアクリシオスは、ダナエを幽閉して男性との接触を絶とうとしました。しかし主神ゼウスは彼女の美貌に魅了され、黄金の雨に姿を変えて幽閉された部屋の隙間から降り注ぎ、彼女と交わったと伝えられています。この結果、ダナエは英雄ペルセウスを産むことになります。
なかなか売却されなかった大作
本作は、レンブラントが手がけた初めての等身大の裸婦画であり、彼の最高傑作の一つとも見なされています。しかしその画面サイズの大きさゆえになかなか買い手がつかず、長くレンブラント自身の手元に留まっていたと考えられています。18世紀になって、フランスの裕福な貿易商であり美術収集家でもあったピエール・クロザが自身のコレクションに加え、その後エルミタージュ美術館の所蔵品となりました。
見どころ徹底解説

自らの意思を示す女性像
ダナエを主題とした絵画は、ティツィアーノやクリムトなど他の画家によっても数多く手がけられていますが、レンブラントの本作が独自性を持つのは、ダナエをただ神の訪れを受動的に待つ女性としてではなく、自らの意思を示す存在として描いている点にあります。片方の手を挙げて光の方向へ差し伸べるダナエの姿には、能動的な感情の動きが感じられます。
苦しむクピドの姿
ダナエの頭上には、矢筒を背負った金色のクピドが描かれていますが、その姿は手を縛られ苦しんでいるという、非常に珍しい表現になっています。愛の神が拘束され顔を歪めているというこの異例の描写は、単なる装飾を超えた意味を持つ図像として注目されてきました。
複数の女性の面影
ダナエの顔立ちは、当初レンブラントの妻サスキア・ファン・アイレンブルフをモデルに描かれ、のちに愛人ヘーヘルト(あるいはヘンドリッキエ)・ディルクスの面影を重ねて描き直されたとも伝えられています。この推移が事実だとすれば、1点の絵のなかに複数の女性の記憶が層のように重なっていることになります。
事件 — 1985年の硫酸事件
1985年6月15日、リトアニア出身の青年がエルミタージュ美術館のレンブラントの展示室を訪れ、職員に「どの絵がいちばん価値があるか」と尋ねました。「ダナエだ」という答えを聞いた青年は、本作に硫酸をかけたうえ、刃物で2回切りつけました。この結果、ダナエの顔をはじめ画面中央部分の絵具はほとんど流れ落ちてしまいました。
犯行の動機について、青年は政治的な理由を挙げたほか、「ダナエに誘われ、交わるためだった」とも述べたと伝えられています。精神鑑定の結果、同年8月に統合失調症との診断が下され、彼はレニングラード(現サンクトペテルブルク)の精神病院に送られ、6年間の入院生活を送ったとされています。
12年にわたる修復
事件発生当日から1997年まで、実に12年をかけて修復作業が行われました。美術史のなかでも特に大規模かつ困難な修復事例の一つとされ、専門家たちの尽力によって現在の姿が取り戻されました。ただし、事件前の輝きを完全に取り戻すことはできなかったとも言われています。
実際に見るには
本作はロシア・サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されています。事件による損傷の痕跡は今もわずかに残っているとされますが、修復チームの尽力によって、現在も間近で鑑賞することができます。
よくある誤解
本作はしばしば「単なる神話画の傑作」として紹介されがちですが、実際には20世紀に起きた深刻な破壊事件と、それに続く長期にわたる修復という現実の出来事もあわせて理解する必要がある作品です。また顔立ちのモデルについても、単一の女性を描いたものと思われがちですが、複数の女性の面影が重なって描かれた可能性が指摘されています。
FAQ
Q. ダナエとはどんな人物ですか?
ギリシア神話に登場するアルゴス王アクリシオスの娘で、黄金の雨に姿を変えたゼウスと交わり、のちに英雄ペルセウスを産んだとされる女性です。
Q. 1985年の事件はどのようなものでしたか?
精神疾患を抱えた青年が本作に硫酸をかけたうえ刃物で切りつけ、ダナエの顔など画面中央部分の絵具がほとんど流れ落ちる深刻な被害を受けました。
Q. 修復にはどれくらいの期間がかかりましたか?
事件発生から1997年まで、12年にわたる修復作業が行われました。
Q. ダナエの顔のモデルは誰ですか?
当初は妻サスキア・ファン・アイレンブルフ、のちに愛人ヘーヘルト・ディルクスの面影を重ねて描き直されたと伝えられています。
Q. 現在はどこで見ることができますか?
ロシア・サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館で鑑賞できます。
まとめ
《ダナエ》は、神の訪れに自ら意思を示す女性としてダナエを描いた、レンブラント初の等身大裸婦画です。1985年の硫酸事件という深刻な被害を受けながらも、12年にわたる修復チームの尽力によって、今日も多くの人々の前にその姿を保ち続けています。
