《魔女たちの飛翔》とは|ゴヤが描いた迷信への皮肉を徹底解説

《魔女たちの飛翔》(西:Vuelo de brujas)は、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤが1798年に手がけた油彩画で、現在はマドリードのプラド美術館に所蔵されています。とがった帽子をかぶった3人の魔女が、もがき苦しむ裸の男を宙に持ち上げるこの絵は、魔女や妖術をテーマにした連作《魔女のテーマ》の1点であり、単なる恐怖の場面を超えて、当時のスペイン社会に根強く残っていた迷信や無知への痛烈な皮肉が込められています。この記事では、この絵がどのような目的で描かれ、画面のなかに何が隠されているのかを見ていきます。

目次

《魔女たちの飛翔》とは — 基本情報

項目内容
作者フランシスコ・デ・ゴヤ(1746〜1828)
制作年1798年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ43.5×30.5cm
所蔵プラド美術館(マドリード)
連作《魔女のテーマ》全6点のうちの1点

一言でいうと

《魔女たちの飛翔》は、宙を舞う魔女たちに男が引き上げられるという不気味な場面を通じて、当時のスペイン社会にはびこっていた迷信と無知、そして異端審問の記憶を静かに批判した作品です。「ゴヤが描いたオスーナの魔女画のなかでもっとも美しく力強い」と評されています。

制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

オスーナ公爵夫妻からの依頼

本作を含む6点から成る連作《魔女のテーマ》は、オスーナ公爵夫妻の依頼によって、あるいは制作後まもなく購入される形で生まれました。完成した6点は1798年6月、6000レアルで売却され、マドリード郊外のアラメダ・デ・オスーナにあるエル・カプリーチョ邸、公爵夫人マリア・ホセファ・ピメンテルの書斎を飾るために用いられています。

改革を志した公爵夫人

依頼主である公爵夫人マリア・ホセファ・ピメンテルは、熱心な改革論者として知られ、教会の腐敗や民衆のあいだに根強く残る迷信を批判していた人物です。1785年から1799年にかけてゴヤの重要な後援者だったオスーナ公爵家の邸宅は、当時多くの芸術家が集う場でもありました。ゴヤが同時期に手がけていた版画集『ロス・カプリーチョス』との関連性も指摘されており、社会風刺という共通のまなざしのもとで本作が生み出されたと考えられています。

見どころ徹底解説

宙を舞う3人の魔女

画面上半分には、半裸の魔女3人が大きく配置され、もがき苦しむ裸の男の身体を空中に持ち上げています。魔女たちは、スペイン異端審問に関連する尖った帽子「コロサ」をかぶっており、この帽子は鮮やかな色に塗られ、炎で飾られています。この炎の装飾は、異端者として断罪される者たちの姿を暗示していると考えられています。魔女たちの顔はグロテスクに歪み、口を大きく開けた様子は、まるで犠牲者を貪り食おうとしているかのようです。

地上で恐怖に震える2人

この不穏な光景の下では、地上にいる2人の人物が恐怖と絶望をあらわにしています。一人の男は顔を伏せて耳をふさぎ、恐ろしい光景を遮断しようとしているかのようです。白いシーツをまとったもう一人は、邪視から身を守るように手を上げながら逃げようとしています。

何も気づいていないロバ

画面の右側には、周囲で繰り広げられる惨劇にまったく気づいていない様子のロバが描かれています。この無関心な動物の存在は、迷信や恐怖に翻弄される人間たちとの対比として、皮肉めいた効果を生み出しています。

連作《魔女のテーマ》の他の作品

《魔女のテーマ》を構成する残る5点は、それぞれロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の『魔法をかけられた男』、マドリードのラサロ・ガルディアーノ美術館所蔵の『魔女の夜宴』と『呪文』、個人コレクションの『魔女の厨房』、そして現在所在不明となっている『石の客』です。同じ迷信というテーマを異なる角度から描き分けたこの連作は、ゴヤが理性と啓蒙を重んじる立場から、当時のスペイン社会をどう見つめていたかを物語っています。

来歴 — オスーナ家からプラド美術館へ

完成した連作は翌1799年、王立サン・フェルナンド美術アカデミーで展示されました。その後1896年にオスーナ公爵家の宮殿と図書館が公売にかけられるまで、6作品はアラメダ・デ・オスーナに留まり続けています。この公売でロンドン・ナショナル・ギャラリーが『魔法をかけられた男』を購入した一方、本作はマドリードのラモン・イバラが買い取りました。その後、収集家ルイス・アラーナ、さらに実業家で美術収集家のハイメ・オルティス=パティーニョのコレクションを経て、2000年にプラド美術館へ収蔵されています。

実際に見るには

本作はスペイン・マドリードのプラド美術館に所蔵されています。同館はゴヤ作品の世界最大かつもっとも充実したコレクションを誇っており、あわせて『魔女の夜宴』の別バージョンなど、彼が生涯を通じて描き続けた魔女や迷信をめぐる作品群を鑑賞することができます。

よくある誤解

本作はしばしば「単なる怪奇趣味のホラー画」として紹介されがちですが、実際には当時のスペイン社会に根強く残っていた迷信や、異端審問がもたらした恐怖の記憶を静かに批判する、社会風刺としての側面を強く持っています。啓蒙思想を支持していたゴヤが、後援者の書斎という私的な空間のなかで、こうした批判的なまなざしをひそかに表現していたことを踏まえて鑑賞する必要があります。

FAQ

Q. 《魔女たちの飛翔》はどんな連作の一部ですか?
魔女や妖術に関連する全6点から成る連作《魔女のテーマ》の1点です。

Q. 魔女たちがかぶっている帽子には何の意味がありますか?
スペイン異端審問に関連する尖った帽子「コロサ」で、炎の装飾は異端者として断罪される者たちの姿を暗示しています。

Q. この絵は誰のために制作されましたか?
オスーナ公爵夫人マリア・ホセファ・ピメンテルの書斎を飾るために制作されました。

Q. なぜロバが描かれているのですか?
惨劇にまったく気づいていない無関心な様子を描くことで、迷信に翻弄される人間たちとの対比を生み出しています。

Q. 現在はどこに所蔵されていますか?
マドリードのプラド美術館に所蔵されており、2000年に同館のコレクションに加わりました。

まとめ

《魔女たちの飛翔》は、迷信と恐怖に翻弄される人々の姿を通じて、当時のスペイン社会に根強く残っていた無知や異端審問の記憶を静かに批判した作品です。宮廷画家として確立された秩序のなかにいたゴヤが、後援者の私的な空間のためにこうした批判的な連作を手がけていたこと自体が、彼の複雑な立場と信念を物語っています。

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