《動植綵絵》とは|伊藤若冲が極めた花鳥画の集大成を徹底解説

《動植綵絵》(どうしょくさいえ)は、江戸時代中期の画家・伊藤若冲が宝暦7年(1757年)ごろから明和3年(1766年)ごろにかけて手がけた全30幅の連作で、現在は皇居三の丸尚蔵館に所蔵されている国宝です。鳥・虫・魚介・植物など身近な生き物を極彩色で描いたこの大作は、若冲の代表作として名高く、緻密な写生でありながらどこか幻想的な雰囲気をたたえている点に特徴があります。この記事では、この絵がどのような目的で描かれ、なぜ皇室の所蔵品になったのかを見ていきます。

目次

《動植綵絵》とは — 基本情報

項目内容
作者伊藤若冲(1716〜1800)
制作年宝暦7年頃〜明和3年頃(1757〜1766年ごろ)
技法・素材絹本著色・掛幅装、全30幅
所蔵皇居三の丸尚蔵館(東京)
指定国宝(2021年指定)
対の作品『釈迦三尊像』(相国寺蔵)

一言でいうと

《動植綵絵》は、鶏や鳥、虫、魚介、草花といった身近な生き物たちを極めて緻密な観察に基づいて描き出しながら、その色彩と造形の華麗さによって、現実を超えた幻想的な世界を作り上げた連作です。写生を突き詰めた先に、近代のシュルレアリスムにも通じる不思議な感覚が漂っています。

制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

青物問屋の主人から画家へ

伊藤若冲は京都・錦小路で青物問屋を営む家に生まれ、40歳を過ぎてから家業を弟に譲り、絵の道に専念するようになりました。禅宗に深く帰依していた若冲は、相国寺の住持であった大典禅師(梅荘顕常)と親交を結び、相国寺・金閣寺・銀閣寺に伝わる中国や日本の古画に親しく接する機会に恵まれています。

相国寺への寄進

若冲は明和7年(1770年)、両親と弟、そして自らの永代供養を願い、仏画3幅から成る『釈迦三尊像』とともに、《動植綵絵》全30幅を相国寺へ奉納しました。毎年6月17日に行われる観音懺法法要において、中央に『釈迦三尊像』を掛け、両脇の梅の間・松の間にそれぞれ15幅ずつ《動植綵絵》を並べるという、荘厳な仕立てが構想されていました。

廃仏毀釈による皇室への献上

明治維新後、神仏分離令や廃仏毀釈の波を受け、相国寺も苦境に陥ります。寺を救うため、明治22年(1889年)、《動植綵絵》30幅のみが皇室に献上されることになりました。これによって、以来長らく『釈迦三尊像』と《動植綵絵》がそろって展示される機会は失われることになります。

見どころ徹底解説

群鶏図
諸魚図

30幅の半数以上を占める鳥たち

30幅のうち半数以上が鳥を主題としており、なかでも若冲がとりわけ得意とした鶏は8幅を占めています。羽の一枚一枚まで克明に描き分けられた鶏の姿には、若冲が自宅で鶏を飼育しながら徹底的に観察を重ねたと伝えられる、実物への執念にも似た眼差しが表れています。

植物・魚介・虫たちの世界

鳥だけでなく、草花や魚介類、水辺の虫たちの姿も丁寧に描き込まれています。写実的な観察に基づきながらも、画面全体はさまざまな色彩と形態がアラベスクのように織り成す装飾的な構成になっており、単なる図鑑的な写生を超えた芸術的な密度を持っています。

当時最高級の画材と技法

若冲は当時最高品質の画絹と絵具を惜しみなく使用しており、日本で初めてベロ藍(プルシアンブルー)を用いた例としても知られています。絹の裏側からも彩色を施す技法を重ねることで、単なる平面的な彩色にとどまらない、奥行きのある鮮やかな発色を実現しました。制作から200年以上が経った現在でも保存状態が良好で、褪色が少ないのはこうした画材選びの賜物です。

実際に見るには

《動植綵絵》は皇居三の丸尚蔵館に所蔵されています。2007年には120年ぶりに全30幅が京都・相国寺の承天閣美術館に里帰りし、『釈迦三尊像』とともに特別公開されたことがありました。その際に宮内庁の許可を得てコロタイプ印刷による精巧な複製が制作され、2014年以降は観音懺法法要のたびに、若冲が構想した当初の姿と同じように方丈に飾られています。三の丸尚蔵館が休館中の時期には、原画が各地の展覧会に貸し出されて公開されることもあります。

よくある誤解

《動植綵絵》はしばしば「単独の花鳥画の連作」として鑑賞されがちですが、本来は相国寺に伝わる『釈迦三尊像』を荘厳するために制作された、一体の宗教的な仕立ての一部です。廃仏毀釈という歴史的な事情によって片方だけが皇室に渡ったという経緯を知ることで、この絵が本来どのような荘厳な空間のなかに置かれていたのかを、より立体的にイメージすることができます。

FAQ

Q. 《動植綵絵》は何のために描かれたのですか?
相国寺に伝わる『釈迦三尊像』を取り囲み、荘厳するための花鳥画として制作されました。

Q. なぜ現在は皇室の所蔵品になっているのですか?
明治維新後の廃仏毀釈で苦境に陥った相国寺を救うため、明治22年に《動植綵絵》のみが皇室に献上されたためです。

Q. 『釈迦三尊像』と一緒に見ることはできますか?
現在は別々の場所に所蔵されていますが、2007年に相国寺承天閣美術館で120年ぶりに再会する特別展が開催されました。

Q. なぜ200年以上経っても色鮮やかなのですか?
当時最高品質の画絹と絵具、日本で初めて用いられたベロ藍などを惜しみなく使用したためと考えられています。

Q. 若冲はなぜ鶏を多く描いたのですか?
自宅で鶏を飼育しながら徹底的に観察を重ねたと伝えられており、身近な生き物への強い関心が数多くの鶏の作品につながっています。

まとめ

《動植綵絵》は、身近な生き物たちへの徹底した観察と、当時最高級の画材による鮮烈な色彩表現とを融合させた、伊藤若冲の集大成というべき連作です。廃仏毀釈という歴史の荒波を経てもなお、その色彩がほとんど褪せることなく現代まで伝えられていること自体が、若冲が込めた執念の証しといえるでしょう。

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