結ばれることのなかった恋、死によって引き裂かれた恋、そして絵を描くことでしか、その想いを留められなかった恋。今回は、そんな「悲恋」をテーマにした絵画を、10点集めてみた。神話や文学に基づくものと、画家自身の実人生に基づくものとが、混ざっている。
1. 《オフィーリア》ミレイ(1851〜52年)

シェイクスピア『ハムレット』で、恋人ハムレットに拒絶され、正気を失って川に沈んでいくオフィーリアを描いた絵。モデルを務めたエリザベス・シダルは、この撮影のため冷たい水に長時間浸かり続け、体調を崩したと伝えられている。彼女は後にラファエル前派の画家ロセッティの妻となるが、その結婚生活もまた、悲劇的な結末を迎えることになる。

2. 《ベアタ・ベアトリクス》ロセッティ(1864〜70年頃)
ダンテが生涯愛し続けながら、結ばれることのなかった女性ベアトリーチェを描いた絵。しかしロセッティは、彼女の顔に、自らの妻エリザベス・シダルの面影を重ねている。シダルは1862年、阿片チンキの過剰摂取により、32歳で世を去った。赤い鳩がくわえる白いケシの花は、死と眠りを暗示する、彼女への鎮魂の象徴である。
3. ジャンヌ・エビュテルヌの肖像群 モディリアーニ(1918〜19年)
モディリアーニが、最後の3年間、繰り返し描き続けた恋人ジャンヌ・エビュテルヌの肖像。1920年1月24日、モディリアーニが結核性髄膜炎で世を去ると、当時8か月の身重だったジャンヌは、その翌日、実家の5階の窓から身を投げ、自らの命を絶った。彼女の家族は、当初、モディリアーニと同じ墓地に葬ることを拒んだと伝えられている。
4. 《パオロとフランチェスカ》アリー・シェフェール(1855年)
ダンテ『神曲』地獄篇に登場する、義理の兄妹による禁断の恋。夫に見つかった2人は、その場で刺し殺され、死後も地獄で、風に吹かれながら永遠にさまよい続ける。この主題は、アングルやロセッティをはじめ、複数の画家によって、繰り返し描かれている。
5. 《オルフェウスとエウリュディケ》コロー(1861年)
黄泉の国から妻エウリュディケを連れ戻す途中、地上に出るまで振り向いてはならないという掟を破ってしまい、オルフェウスは永遠に妻を失う。「もう少し」というところで、自らの手で悲劇を招いてしまうという構図が、この神話を、悲恋物語の代表格にしている。
6. 《エコーとナルキッソス》ウォーターハウス(1903年)
自分の姿に恋をしたナルキッソスと、彼に恋をしながらも、声しか持たないために想いを伝えられない、ニンフのエコー。エコーは、報われぬ恋のうちに、次第に体を失い、ついには声だけの存在になってしまう。片思いの絶望を、これほど的確に神話化した物語も、少ない。
7. 《シャロットの姫》ウォーターハウス(1888年)
テニスンの詩に基づく絵。呪いによって塔に閉じ込められた姫は、鏡越しにしか外の世界を見ることを許されないが、騎士ランスロットに恋をした瞬間、禁を破って直接彼を見てしまい、呪いにより命を落とす。結ばれることのない恋のために、自ら死を選ぶという構図が、繰り返しラファエル前派の画家たちを、惹きつけた。
8. 《マーリンの誘惑》バーン=ジョーンズ(1874年)
アーサー王伝説の魔法使いマーリンが、教え子である水の精ニムエへの恋心ゆえに、彼女に自らの魔法の秘密をすべて明かしてしまい、その魔法によって、山椒の木の中に永遠に封じ込められてしまう場面を描いた絵。知恵ある賢者が、恋愛感情ゆえに、自らの破滅を招いてしまうという、皮肉な悲恋の物語である。
9. 《ディドの死》グエルチーノ(1631年)
トロイアの英雄アイネイアースに去られたカルタゴの女王ディドが、絶望のうちに、自ら築いた薪の山の上で命を絶つ場面。国家の運命のために、愛を犠牲にせざるを得なかった男と、その犠牲となった女という、古代叙事詩の悲恋の典型である。
10. 《プロクリスの死》ピエロ・ディ・コジモ(1486年頃)
夫ケパロスに、誤って矢で射抜かれてしまう妻プロクリスを描いた絵。嫉妬に駆られた誤解がもとで起きた、悲劇的な事故だった。傍らに寄り添う犬の悲しげな表情が、この絵の静かな哀切さを、いっそう引き立てている。
よくある誤解
誤解①悲恋の絵は、すべて神話や文学を題材にした、架空の物語である
《ベアタ・ベアトリクス》や、モディリアーニによるジャンヌ・エビュテルヌの肖像群のように、画家自身の実人生における、本物の悲劇に基づく作品も、数多く存在する。むしろ、神話の物語と、画家自身の実体験とが、二重写しになっている作品(《ベアタ・ベアトリクス》はその典型)も、少なくない。
誤解②画家のミューズは、いずれも幸福な関係の中で、絵のモデルを務めていた
エリザベス・シダルやジャンヌ・エビュテルヌのように、画家との関係そのものが、若くしての死という、悲劇的な結末を迎えたモデルも多い。彼女たちの美しい肖像の背後には、しばしば、依存や不安定さを伴う、複雑な現実があった。
まとめ
悲恋の絵を並べてみると、神話の時代から現代に至るまで、愛が引き裂かれる理由そのものは、驚くほど変わっていないことに気づく。掟を破ってしまうこと、伝えられなかった想い、そして愛する人を失った後も、描き続けずにはいられない衝動。絵画という形でしか、留めておけない感情があるのかもしれない。
