ロートレック《マルトX夫人―ボルドー》とは|ポスターの画家が最晩年に描いた、静かな肖像

《マルトX夫人―ボルドー》(1900年)は、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックが、亡くなる前年に描いた油彩の肖像画で、倉敷の大原美術館が所蔵しています。淡い衣装の女性が、緑の椅子に座り、横顔を見せて、手元に目を落としています。モンマルトルの踊り子やポスターで知られる画家が、静かな室内で、一人の女性と向き合った作品です。

基本情報

作者はアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864〜1901)、制作年は1900年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦90.0×横80.3cm。大原美術館に所蔵されています(所蔵番号1017)。英題は「Madame Marthe X―Bordeaux」です。副題の「ボルドー」は、フランス南西部の都市の名前で、画家が最晩年に滞在した土地です。

制作背景|ボルドーでの晩年

ロートレックは、飲酒による健康の悪化から、1899年に療養生活を送りました。1900年には、ボルドーに滞在し、劇場の俳優の習作などを描いています(ボルドーの美術館は、「役者の肖像、ボルドーのグラン・テアトルでの習作」(1900〜1901年)を所蔵しています)。本作も、その時期に描かれた油彩の一つです。ロートレックは、1901年9月9日に、36歳で亡くなりました。

題の「マルトX夫人」の「X」は、モデルが匿名であることを示します。モデルの素性は、確認できた資料では分かりませんでした。

見どころ|横顔と淡い衣装

画面の中央には、赤みを帯びた橙色の髪を、頭の上で、渦を巻くように結い上げた女性が、座っています。顔は、右を向き、うつむいた目と、赤い唇が、はっきりと見えます。肌は、淡い黄色と青みを帯びた白で、頬のあたりには、わずかな赤みが差しています。

衣装は、薄い青緑と、白、淡い黄色が混ざり合う、首まで詰まった襟のブラウスで、袖は、ふくらみを持たせた、透けるような布で描かれています。細い筆の線が、重なり合い、布の薄さと、光の動きを伝えます。手には、紙のようなものを持ち、視線は、その紙より、少し外れた、遠いところにあるようです。

見どころ|緑の部屋

女性が座るのは、緑に塗られた、籐か木の肘掛け椅子で、その背もたれが、画面の左を斜めに横切ります。背後の壁は、暗い青緑で、右には、茶色の板状の部分と、赤と黒で装飾された、家具のようなものが見えます。

全体を支配するのは、緑と青緑の色調で、そこに、髪の橙と、唇の赤、袖の淡い黄色が、点のように差し込まれています。ポスターでは、大胆な輪郭線と、平らな色面を用いたロートレックですが、この油彩では、繊細な光と、色の響き合いが、前面に出ています。

大原美術館の解説(紹介記事を通じて)は、本作を、読み物を手にして、虚空を見つめる女性の、静けさに満ちた一瞬を描いた作品とし、モデルの個性と内面を引き出す、ロートレックのデッサン力が、ここでも健在だと述べています。

大原美術館への来歴

大原美術館は、倉敷の実業家大原孫三郎が、洋画家児島虎次郎に託して集めた西洋美術などを展示するため、1930年に開館しました。コレクションの中核の多くは、1920年から1923年の間に、児島が、主にパリで収集したものです。日本語版ウィキペディアは、《マルトX夫人の肖像―ボルドー》を、ゴーギャンの《かぐわしき大地》とともに、児島の収集品として挙げています。

まとめ

《マルトX夫人―ボルドー》は、ロートレックの、ポスターや踊り子とは別の顔を伝える作品です。名前も分からない一人の女性の、うつむいた横顔と、薄い衣装の光。亡くなる前年のロートレックが、そこに見ていたものを、静かに想像させる画面です。

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