《ブラック・ブランズウィッカー》(1860年)は、ジョン・エヴァレット・ミレイが、ナポレオン戦争を題材に描いた、等身大に近い恋人たちの場面です。黒い軍服の兵士が、出征のために、ドアを開けようとし、白いサテンのドレスの女が、体を寄せて、それを閉めようとしています。二人の間に流れる、静かな緊張と、愛の苦しさを、黒と白の対比で描いた、ミレイの代表作の一つです。
基本情報
作者はジョン・エヴァレット・ミレイ(1829〜1896)、制作年は1860年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦104×横68.5cm。イギリスのポート・サンライトにある、レディ・リーヴァー美術館(収蔵番号LL 3643)に所蔵されています。1860年のロイヤル・アカデミーの展覧会に出品されました。画面の左下には、ミレイのモノグラムと、「1860」の年号が見えます。
題材|ブラウンシュヴァイクの黒衣の軍団
題名の「ブラック・ブランズウィッカー」は、ナポレオン戦争で、ドイツのブラウンシュヴァイク公フリードリヒ・ヴィルヘルムが、1809年に組織した義勇軍をさし、黒い軍服から、そう呼ばれました。1815年6月のカトル・ブラの戦いで、公は戦死しています。部隊は、ほぼ壊滅したものの、驚くべき勇気を示したと、ミレイは手紙のなかで述べています。
画面は、特定の史実を写したものではなく、想像で組み立てられた場面です。女が、舞踏会用のドレスを着ているため、1815年6月15日の、リッチモンド公爵夫人の舞踏会から、将校たちが、カトル・ブラへ出発した場面に、着想を得たと考えられています。
制作の経緯
ミレイは、妻エフィー・グレイに宛てた手紙で、この題材が、きわめて幸運な形で現れたと書いています。『タイムズ』紙の従軍記者ウィリアム・ハワード・ラッセルが、これを第一級の題材と考え、必要な情報の収集に協力した、とも記されています。
ミレイは、この絵を、自身の最初の大きな成功作《ユグノー教徒》の、完全な対作品にしようとしました。《ユグノー教徒》も、二人の恋人が、別れの場面で見つめ合う絵です。この時期のミレイは、成功から遠ざかっており、本作は、その繰り返しをねらったものと広く解釈されています。
制作には、約3か月を要しました。ミレイは、兵士の軍服の細部が、正確であるよう、特に気を配ったと伝えられています。
見どころ|黒と白の対比

画面の左では、黒い軍服の兵士が、背を丸めて立っています。金のボタンと飾り紐が並ぶ胸には、骸骨と交差した骨の記章が、銀色に光ります。肩には、黒い毛皮の縁どりのついた外套がかけられ、腰には、青い飾り紐が垂れています。彼は、片方の手で、ドアのふちを押さえ、もう一方の手には、何かを握り、うつむいて、女を見下ろしています。
女は、真珠の耳飾りをつけ、髪を中央で分けて、後ろで束ねています。真珠のような光沢のある白いサテンのドレスは、大きな裾を広げ、肩と袖には、レースがあしらわれ、腕には、赤いリボンが結ばれています。腰にも、赤い帯が見えます。彼女は、兵士の胸に、顔を預け、うつむいたまま、もう一方の手で、ドアの取っ手を、押さえています。ウィキペディアは、女が、ドアを閉めようとし、兵士が、それを引き開けようとしている、と説明しています。
足もとでは、黒い犬が、首に女と同じ赤いリボンをつけ、座って、兵士を見上げています。左の隅には、紫の布が、椅子にかけられ、床は、赤いじゅうたんで覆われています。
背景の壁は、緑のダマスク織りで、その上に、金の額縁に入れた、ナポレオンの版画が、掛けられています。
ナポレオンの版画
壁の版画は、ジャック=ルイ・ダヴィッドの《アルプスを越えるナポレオン》に基づくものです。批評家は、この版画の意味をめぐって、当時から迷いました。『ブラックウッド・エディンバラ・マガジン』は、批評家たちを、この版画が持つ入り組んだ意味に、戸惑わせたと記しています。
一部の批評家は、女が、ナポレオンの崇拝者で、そのために、恋人を戦場へ送りたくないのだと読みました。『タイムズ』紙の批評家は、女が出発を引き止める理由の一部に、この偉大な征服者への、ロマンチックな憧れがあると推測しました。また、別の批評家は、この版画が、ワーテルローの戦役だけでなく、1859年に、ナポレオン3世が、オーストリア支配下のロンバルディアへ侵攻した、最近の出来事にも触れている、と考えています。
モデル
モデルは、チャールズ・ディケンズの赤褐色の髪の娘、ケイト(ケイティ)・ペルジーニが、女を、匿名の兵士が、男を務めました。この兵士は、その後まもなく、結核で亡くなったとされます。二人は、実際には会っておらず、ミレイの息子の説明によれば、兵士は、人形を胸に抱き、女は、木の人形にもたれて、ポーズをとりました。ある資料は、兵士を近衛騎兵の兵卒だったとしています。
反響と来歴
この絵は、当時の人々に訴える、ロマンチックな題材と、衣装の襞の美しさで、好評を博し、ミレイは、失いかけた名声を取り戻したとされます。ミレイは、この作品が気に入り、複製を作って、家族の手元に残しました。ほかにも、水彩の複製が2点あり、1864年には、T・L・アトキンソンによって、メゾチントの版画にもなりました。
画商のアーネスト・ガンバールが、ミレイが、それまでに受け取った最高額の、1,000ギニーで購入し、のちに、コレクターのトマス・プリントに売りました。プリントの死の翌年、1862年のクリスティーズの競売では、780ギニーで落札されています。1898年に、実業家のウィリアム・ヘスケス・リーヴァーが、私蔵のコレクションとして購入しました。
まとめ
《ブラック・ブランズウィッカー》は、戦場へ向かう男と、それを引き留める女を、一枚の画面に閉じ込めた作品です。黒い軍服と、白いサテンの対比、ドアをめぐる、見えない押し合い。歴史画の衣をまとった恋愛画は、時代を越えて、人の心に訴え続けています。

