《訓練する若きスパルタ人》(1860年頃)は、エドガー・ドガが、20代半ばで描き始めた、大画面の歴史画です。ひらけた草原の左に、少女たちが、右に、少年たちが、向き合って立ち、少女の一人が、腕を伸ばして、少年たちに挑むような姿勢をとっています。後ろには、母親たちと思われる女性たちが、遠く立っています。後年の、踊り子や競馬場で知られるドガとは異なる、古代の主題を扱った初期の作品です。
基本情報
作者はエドガー・ドガ(1834〜1917)、制作年は1860年頃です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦109.5×横155cm。ロンドンのナショナル・ギャラリー(収蔵番号NG3860)に所蔵されています。別名として、《スパルタの少女たちが少年たちに挑む》《スパルタの少年少女》などの題でも知られます。
主題|プルタルコス『リュクルゴス伝』
ナショナル・ギャラリーによると、この絵は、古代ローマの著述家プルタルコスの『リュクルゴス伝』の一節に基づいています。スパルタの立法者リュクルゴスが、少女たちに、走ること、レスリング、円盤投げや槍投げなどの運動を課し、少年たちに、「友好的に」挑むよう命じた、という話です。
ドガは、この逸話を、一般にはあまり絵にされない題材として、選びました。ドガは、ノートに、プルタルコスの記述を言い換えて、「若い少女と少年が、プラタナスの木立のなかで、年老いたリュクルゴスの目の前で、母親たちのそばで、取っ組み合う」と書いています。
見どころ|向き合う二つの群れ

画面は、左の少女たちと、右の少年たちの、二つの群れで構成されています。
左では、四人ほどの少女が、上半身をあらわにし、腰に短い布をつけて、一団となって歩いています。そのうちの一人が、前へ進み出て、片腕を、少年たちのほうへ、まっすぐ伸ばしています。手には、白いものを握っているように見えます。少女たちの足は、重なり、後ろの二人の足の位置は、あいまいです。ドガが、何度も描き直した跡と考えられます。
右では、五人の少年が、素朴な裸の姿で、立っています。一人は、両腕を頭の上で組み、体をそらしています。もう一人は、その腕をつかんでいるようにも見えます。右下の手前では、一人の少年が、四つん這いになって、こちらを向いています。足もとには、白と赤の鳥のようなものが、横たわっています。(これは、画像から読み取ったもので、資料で確認できていません。)
背景|母親たちと野原
二つの群れの間の奥には、色とりどりの衣をまとった女性たちが、小さな集団をなして立っています。黄色、青、桃色、白、赤の衣が、遠景に、点々と並んでいます。母親たちとされ、ナショナル・ギャラリーは、リュクルゴスの姿も、画面に含まれると述べています。
左奥には、桃色に染まった、小さな山があり、その手前に、赤茶色の土と、緑の草原が、広がっています。遠くには、白い町並みのようなものが、見えます。空は、灰色がかった、薄い茶色と桃色で、画面全体が、静かな色調に、まとめられています。
制作と描き直し
ドガは、1850年代に、何度もイタリアを訪れ、古い美術の模写研究をしており、本作は、その後に着手されました。画面は、長く、手元に残され、描き直されました。1879年に、イタリアの批評家ディエゴ・マルテッリは、この未完成の作品を、「考えうる最も古典主義的な絵画の一つ」と評しました。その後、ドガは、画面に戻り、古典主義的な建築を、取り除いたとされます。
画家の死後も、作品は、ドガのアトリエに残っていました。ナショナル・ギャラリーは、1924年に、これを購入しています。
解釈|挑発か、求愛か
ナショナル・ギャラリーは、四人の少女が、五人の少年を、からかっているように見えるとしつつ、これを、競い合いではなく、求愛の場面だとする見方もあると述べています。少女たちの髪型や姿勢が、プルタルコスの記す、求愛の儀式に当てはまる、という指摘です。
また、ドガは、少年と少女の描き方で、性別についての約束事を、さりげなく逆転させ、若いスパルタの女性たちの、対等な地位を強調したのかもしれない、とも解説されています。
フランスの美術史家アンドレ・ルモワーヌは、画面の若者たちが、古代ギリシアの人々というより、モンマルトルの「悪童たち」のような、同時代のパリの風貌を持つと指摘しています。近年の批評家も、ドガが、古典的な題材を、「更新」しようとしたのだと見ています。
もう一つの版
シカゴ美術館には、同じ構図の、より未完成な版が、《スパルタの少女たち、少年たちに挑む》の題で所蔵されています。前景の人物群は、ほぼ同じですが、背景が、大きく異なります。
まとめ
《訓練する若きスパルタ人》は、古代の逸話を借りながら、同時代の若者の姿を描き込んだ、ドガの野心作です。向き合う少女と少年の間に流れる、緊張と、ためらいと、遊びの気配。その曖昧さが、この絵を、単なる歴史画以上のものにしています。

