《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》、通称《パオロとフランチェスカ》は、フランスで活躍したオランダ出身の画家アリ・シェフェールによる油彩画です。ダンテ・アリギエーリの『神曲』地獄篇第五歌を主題とし、永遠の風に吹かれ続ける不倫の恋人たちの魂と、それを見つめるダンテ自身を描いています。シェフェールは同主題を複数回手がけており、代表的なヴァージョン(1855年、171×239cm)はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。
基本情報
作者はアリ・シェフェール(1795〜1858)。技法は油彩・カンヴァス。ダンテとウェルギリウスの前に現れたパオロとフランチェスカという主題は1830年代から画家によって繰り返し描かれ、代表作とされる1855年のヴァージョンはルーヴル美術館の所蔵品です。同じ構図の異なるヴァリアントが複数の美術館に伝わっています。
主題|『神曲』が語る悲恋
物語の出典はダンテの『神曲』地獄篇第五歌です。ラヴェンナの領主の娘フランチェスカ・ダ・リミニは、政略によってリミニの領主ジャンチョット・マラテスタに嫁ぎますが、美貌の義弟パオロと本を読むうちに恋に落ちます。二人の関係を知った夫は現場を襲い、抱き合う二人を剣で刺し殺しました。ダンテは地獄めぐりの途上、情欲に溺れた者たちが罰として永遠に嵐に吹き飛ばされ続ける「第二圏」で、この二人の魂に出会います。生前パオロとフランチェスカ双方の一族と面識があったとされるダンテは、この悲恋に深く心を動かされ、『神曲』の中でもとりわけ有名な挿話として書き記しました。
見どころ|嵐に運ばれる肉体

画面手前、白い布に包まれ、抱き合ったまま宙を漂う裸体の男女がパオロとフランチェスカです。地獄の業火や責め苦の道具ではなく、風そのものが二人への罰であるという原作の設定を、シェフェールは吹き流れる布とうねる髪、後方へ流された二人の身体の動きによって視覚化しています。苦悶に歪むというより、むしろ深く目を閉じ、互いに寄り添ったまま運ばれていく二人の姿には、罰の恐ろしさ以上に、引き離されることのない結びつきの強さが漂います。
画面右手、暗がりの中で見つめているのが、月桂冠を戴いたダンテと、彼を導く師ウェルギリウスです。ダンテは手を口元に当て、悲しみと同情を隠さない表情を浮かべています。地獄という懲罰の場でありながら、裁く者の視線ではなく、悲劇に胸を痛める人間の視線として描かれている点が、この場面の解釈の鍵となっています。全体を支配する闇の中の淡い光が、恋人たちの白い肌を浮かび上がらせ、悲哀と美しさを同時に際立たせています。
評価と影響
本作は、ロマン主義の時代に文学、とりわけダンテの『神曲』が絵画の重要な主題として広く取り上げられた潮流を代表する一枚です。理性を超えた情熱に身を委ねた末に永遠の罰を受けながらも、決して離れることのない二人の姿は、当時の観客の感傷と共感を強く誘い、シェフェールの代表作として繰り返し複製・言及されてきました。同じ主題は後の世代の画家や彫刻家(ロダンの《接吻》もこの物語に着想を得ています)にも影響を与え、パオロとフランチェスカの悲恋は西洋美術における「地獄に堕ちてもなお結ばれる恋人たち」という图像の定番のひとつとなっています。
まとめ
《パオロとフランチェスカ》は、罰と赦し、恐怖と美、裁きと同情という相反する感情を一枚の画面に同居させた作品です。地獄の嵐に運ばれながらも互いを離さない二人の姿は、ダンテが与えた罰の物語であると同時に、シェフェールが差し出した哀惜のまなざしでもあります。

