《ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像》とは|通りすがりの一目惚れが生んだ「新しい女」の肖像を徹底解説

《ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像》(1926年)は、ドイツの画家オットー・ディクスによる油彩・テンペラの板絵で、パリのポンピドゥー・センター(国立近代美術館)が所蔵する作品です。モノクルをかけ、チェック柄のドレスをまとってカフェの丸テーブルに片脚を組んで座る女性を描いたこの絵は、ディクスが街角で偶然出会った一人のジャーナリストを、ヴァイマル共和国期ドイツの「新しい女」の象徴として描き出した肖像画です。

目次

基本情報

項目内容
作者オットー・ディクス(1891〜1969)
制作年1926年
技法・素材油彩・テンペラ・板
サイズ約121×89cm
所蔵ポンピドゥー・センター(国立近代美術館、パリ)
モデルシルヴィア・フォン・ハルデン(ジャーナリスト・作家・詩人)
様式新即物主義(ノイエ・ザッハリヒカイト)

一言でいうと

《ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像》は、依頼によって描かれた通常の肖像画とは異なり、街角で偶然出会った一人のジャーナリストの姿に「一つの時代そのもの」を見出したディクスが、彼女自身も戸惑うほどの熱意で口説き落として実現させた、ヴァイマル共和国期の「新しい女(ノイエ・フラウ)」を象徴する一枚である。

制作背景

この絵は依頼によって制作されたものではありません。ベルリンの街中、あるいは文化人たちが集った文学カフェ「ロマーニッシェス・カフェ」で、モデルとなったシルヴィア・フォン・ハルデンを見かけたディクスは、彼女を「一つの時代全体を代表する存在だ」と称し、ぜひ肖像画を描かせてほしいと熱心に頼み込みました。この時32歳だったフォン・ハルデンは、共産主義系の新聞にも寄稿するジャーナリスト・作家・詩人であり、自らの容姿について、輝きのない目や不揃いな耳、長い鼻、薄い唇、長い手、短い脚、大きな足など、決して人を惹きつけるものではないと戸惑いながら語ったと伝えられています。しかしディクスが求めていたのは、女性の外見的な美しさではなく、彼女が体現する新しい時代の精神性そのものでした。

見どころ

構図

装飾のない赤とピンクの壁を背景に、カフェの片隅を思わせる簡素な空間の中、フォン・ハルデンは丸い大理石のテーブルの前で脚を組んで座っています。右手にはタバコを挟み、テーブルの上にはマッチ箱と、ストローの挿さったカクテルグラスが置かれています。

図像学

短く刈り込まれた髪、片目にかけたモノクル、赤と黒のチェック柄のハイネックドレスといった出で立ちは、性別の境界を意識的に揺さぶるような、中性的な印象を与えます。この曖昧なジェンダー表現は、伝統的な女性像から脱却し、喫煙し、酒を飲み、キャリアを追求する、ヴァイマル共和国期ドイツの「新しい女」を象徴するものとして描かれています。誇張された指の長さや、やや歪んだ顔つきの描写は、ディクスが得意とした、対象を美化せず、時に痛烈なまでに率直に捉える新即物主義の作風をよく表しています。

来歴と評価

この絵をめぐっては、ディクスがフォン・ハルデンを美化せず、あえて醜く描くことで揶揄しているのではないかという批評が、当時から今日に至るまで繰り返し語られてきました。しかしディクス自身は、自分は醜さを描こうとしたのではなく、目にしたものすべてが美しく見えたのだと語ったとされ、単なる嘲笑ではなく、対象の精神性への強い関心があったことをうかがわせます。

1961年、ポンピドゥー・センターの初代館長ジャン・カスーは、この絵を美術館の永久コレクションとして購入することを決めました。カスーは、外国の様式で描く外国人画家の作品ではなく、ドイツ人がドイツ的な様式で描いた作品を求めていたと語っており、ディクスの数ある作品の中からこの一枚を選び取ったといいます。今日この絵は、1972年公開の映画『キャバレー』の冒頭と結末の場面で、その構図とポーズがそのまま再現されるなど、ヴァイマル共和国期を象徴するイメージとして広く親しまれています。

よくある誤解

誤解①「この肖像画はディクスが依頼を受けて描いた通常の肖像画である」→ 実際は街角での偶然の出会いから、ディクス自らが懇願して実現した作品である
肖像画という形式から、モデル側からの依頼によって描かれたと思われがちですが、実際にはディクスが街中でフォン・ハルデンを見かけ、彼女を「一つの時代を代表する存在」だと称して、自ら熱心に頼み込んで実現させた作品です。

誤解②「ディクスはフォン・ハルデンを嘲笑するために醜く描いた」→ ディクス自身は美化ではなく、対象への強い関心から描いたと語っている
誇張された表情や体の特徴から、この絵はモデルを揶揄する意図で描かれたと解釈されがちですが、ディクス自身は醜さを描こうとしたのではなく、目にしたものすべてに美しさを見出していたと語っており、単なる嘲笑ではなく、時代を体現する存在への強い関心が制作の動機であったことがうかがえます。

FAQ

Q. 《ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像》とはどんな作品ですか?
A. ディクスが1926年に手がけた油彩・テンペラ画で、ジャーナリストのシルヴィア・フォン・ハルデンを、モノクルとチェック柄のドレス姿でカフェのテーブルに座る姿で描いています。パリのポンピドゥー・センターが所蔵しています。

Q. モデルのシルヴィア・フォン・ハルデンとはどんな人物ですか?
A. ヴァイマル共和国期ドイツで活躍したジャーナリスト・作家・詩人で、伝統的な女性像から脱却した「新しい女(ノイエ・フラウ)」を象徴する存在として知られています。

Q. なぜモノクルやチェック柄のドレスが描かれているのですか?
A. 性別の境界を意識的に揺さぶる中性的な出で立ちを通じて、当時の新しい女性像、すなわち喫煙し、酒を飲み、キャリアを追求する自立した女性のあり方を象徴的に表現しているためです。

Q. 《ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像》はどこで見られますか?
A. フランス・パリのポンピドゥー・センター(国立近代美術館)が所蔵しています。

まとめ

《ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像》は、依頼によって描かれた通常の肖像画とは異なり、街角で偶然出会った一人のジャーナリストの姿に「一つの時代そのもの」を見出したディクスが、彼女自身も戸惑うほどの熱意で口説き落として実現させた、ヴァイマル共和国期の「新しい女(ノイエ・フラウ)」を象徴する一枚です。モデル本人でさえ「醜く描かれた」と困惑したというこの肖像画が、皮肉にも「新しい女」を代表する図像として歴史に刻まれた事実こそ、ディクスが見抜いていた時代の本質を物語っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次