ベルギー象徴主義の画家レオン・フレデリックが1893年から1918年、実に25年もの歳月をかけて描き上げた大作で、岡山県倉敷市の大原美術館に所蔵されています。全長11メートルにも及ぶこの作品は、7枚のパネルから構成され、人類が神の怒りによって滅び、やがて神の愛によって蘇るという壮大な物語を一続きの画面に描き出しています。教えてくださった作者名と所蔵先をもとに、この絵がどのように生まれ、なぜ大原美術館へたどり着いたのかを見ていきます。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | レオン・フレデリック(1856〜1940) |
| 制作年 | 1893〜1918年(制作期間25年) |
| 構成 | 7枚のパネル、全長約11m |
| 所蔵 | 大原美術館(岡山県倉敷市) |
| 様式 | 象徴主義 |
一言でいうと
死と破滅、そして復活という一つの大きな物語を、7枚のパネルを横につなげた巨大な画面のなかに描き切った作品です。展示室の横幅そのものがこの絵に合わせて設計されているというエピソードからも、その規模の大きさがうかがえます。
制作背景
神の怒りから復活へ至る物語
本作が語る物語は、人類が神の怒りを買い、炎に焼かれ岩に打ちのめされて死に絶えるところから始まります。そこへ神の使いである白い鳩が福音を携えて舞い降り、神の愛のもとにすべての人類が蘇るという筋立てになっています。フレデリックは画面の左側から描き始め、中央には聖霊を象徴する白い鳩を配置しました。
25年という長い制作期間
1893年に着手されてから完成まで実に25年、途中で第一次世界大戦を挟むという長い年月をかけて本作は仕上げられています。この間、フレデリックの娘が実際に世を去るという出来事があり、彼はその娘の姿を作品のなかに描き込みました。単なる宗教的な寓意にとどまらず、画家自身の個人的な喪失の記憶が織り込まれた一枚になっています。
象徴主義の画家として
フレデリックは1856年ブリュッセル生まれ、1890年ごろから象徴主義に傾倒し、1896年からは画家ジャン・デルヴィルが主催した薔薇十字サロンの流れにも関わっていきました。同時代のフェルナン・クノップフやシャルル・ドゥーレといった、夢想的で希薄な描写を得意とした象徴主義の画家たちとは対照的に、フレデリックは生々しいまでの細密描写を貫いた点に特徴があります。その緻密な筆致が生み出す世界観は、しばしば「白昼夢」という言葉で形容されてきました。
見どころ

死と裁きの場面
画面の一部には、炎に焼かれ、あるいは岩に打ちのめされて息絶えた人々の姿が描かれています。傍らに立つ人物が手にする天秤や石板は、裁きという主題を静かに暗示しており、破滅の場面でありながらも秩序だった構成が保たれています。
中央に浮かぶキリストと蘇る魂
画面中央には、両腕を広げたキリストが雲のなかに立ち、その胸元には無数の魂たちの姿が抱きかかえられるように描かれています。虹が幾重にも画面を横切り、破滅の場面から一転して、救済と再生の光に満ちた情景へと移り変わっていきます。
画家自身の娘の面影
本作のどこかには、フレデリックが実際に亡くした娘の姿が描き込まれているとされています。そのためフレデリックはこの絵を手放すことに強い抵抗を感じていたと伝えられ、単なる商業的な取引では済まない、画家自身の思いの深さがこの作品には宿っています。
来歴 — 大原美術館へ
本作を大原美術館のコレクションに加えたのは、創設者の大原孫三郎です。フレデリックが本作を容易には手放そうとしなかったにもかかわらず、大原自身が直接画家のアトリエを訪ね、熱意を伝えることで購入にこぎつけたと伝えられています。のちにフレデリックの息子が「日本のどこかの美術館に父の大作があるはずだ」と国立西洋美術館に問い合わせたことがあり、それがまさにこの大原美術館所蔵の本作を指していたというエピソードも残っています。
実際に見るには
本作は岡山県倉敷市の大原美術館に展示されています。展示室に足を踏み入れ、振り返って見上げると、その圧倒的なスケールを実感できます。同館にはフレデリックの静物画《花》も所蔵されており、同じ画家がまったく異なる穏やかな雰囲気の作品も手がけていたことを知ることができます。
よくある誤解
本作はしばしば「単なる宗教的な終末論の絵」として片づけられがちですが、実際には戦争によって娘を失った画家自身の個人的な悲しみが色濃く反映された作品です。破滅の場面ばかりに目が向きがちですが、25年という制作期間の重みや、画家と大原孫三郎とのあいだで交わされた購入の経緯まで含めて鑑賞することで、この絵の持つ意味がより深く伝わってきます。
FAQ
Q. なぜ制作に25年もかかったのですか?
1893年の着手から1918年の完成まで、第一次世界大戦を挟む長い期間、画家が構想を練り続けたためです。
Q. 画家の娘が描かれているというのは本当ですか?
実際に世を去った娘の姿が作品のどこかに描き込まれているとされ、それゆえフレデリックは手放すことに強い抵抗を感じていたと伝えられています。
Q. なぜ大原美術館に所蔵されることになったのですか?
創設者の大原孫三郎が画家のアトリエを直接訪ね、熱意を伝えて購入にこぎつけたためです。
Q. この絵は何枚のパネルからできていますか?
全7枚のパネルで構成され、全長は約11メートルに及びます。
Q. 展示室にはどんな工夫がありますか?
この絵の横幅に合わせて展示室の壁の幅が設計されているといわれています。
まとめ
《万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん》は、破滅と再生という壮大な物語を25年の歳月をかけて描き切った、フレデリックの集大成というべき作品です。画家自身の娘への思いと、大原孫三郎の熱意によって日本にもたらされたという経緯を知ることで、単なる宗教画を超えたこの絵の重みがより鮮明に見えてきます。
