《フェア・ロザムンド》とは|ヒューズが描いた庭園の悲恋

《フェア・ロザムンド》は、イギリスの画家アーサー・ヒューズが1854年に手がけた油彩画で、現在はオーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館に所蔵されています。緑の生垣に囲まれた庭で微笑む若い女性の背後に、暗い人影がひそかに近づいてくる様子が描かれたこの絵は、一見すると花々に包まれた牧歌的な情景に見えます。しかしその実、まもなく毒殺されようとしている女性の、最後の穏やかなひとときを描いた作品です。この記事では、ロザムンドという名の女性にまつわる伝説と、画面に忍ばせられた不吉な暗示を見ていきます。

目次

基本情報

項目内容
作者アーサー・ヒューズ(1832〜1915)
制作年1854年
技法・素材油彩・板
所蔵ヴィクトリア国立美術館(メルボルン)
モデルの名ロザムンド・クリフォード
関連する王ヘンリー2世(イングランド王)

一言でいうと

美しい庭に佇む女性を描いた、一見穏やかな絵に見えます。しかし背景に潜む人影こそが、まもなく彼女に毒を盛る王妃であり、画面のあちこちに置かれた花々がその結末をすでに予告しているという、二重の読み方ができる作品です。

制作背景

ロザムンド・クリフォードという伝説の女性

「フェア・ロザムンド」ことロザムンド・クリフォードは、イングランド王ヘンリー2世の愛妾だったとされる女性です。彼女の名はラテン語の「ロサ・ムンディ(世界のバラ)」に由来し、当時のイングランドでもっとも美しい女性の一人と評されていたと伝えられています。ヘンリーは嫉妬深い王妃エレアノール・オブ・アキテーヌから彼女を守るため、オックスフォードシャーのウッドストックにある王領地に、迷路を通らなければたどり着けない秘密の庭を築いたという伝説が残されています。

見つかってしまった秘密の庭

伝説によれば1176年、王妃エレアノールはついにこの迷路を突破し、庭の入口を見つけ出してしまいます。そしてロザムンドに毒を盛り、彼女を死に至らしめたとされています。ヒューズが描いたのは、まさにエレアノールが庭の入口を発見した、その決定的な瞬間です。

ラファエル前派を魅了した悲恋

ロザムンドとエレアノールの物語は、19世紀のラファエル前派の画家たちのあいだで繰り返し取り上げられた人気の主題でした。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティやエドワード・バーン=ジョーンズ、エヴリン・ド・モーガン、フレデリック・サンズ、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスなど、名だたる画家たちがそれぞれの解釈でこの悲劇を描いています。ヒューズ自身はラファエル前派同盟の正式なメンバーではありませんでしたが、王立芸術院の学生時代にメンバーの多くと親交を結び、その様式を早くから取り入れた画家として知られています。

見どころ

背景に忍び寄る不吉な人影

画面奥、緑のアーチのあいだに小さく描かれた人物こそ、王妃エレアノールです。まだロザムンドはその存在に気づいていないのか、穏やかな表情で髪に触れています。この気づかれていない緊張感こそが、本作の静かな恐ろしさを支えています。

毒を予告する花々

エレアノールが歩む小径沿いには、強い毒を持つジギタリスの花が植えられており、これから起こる悲劇を静かに暗示しています。一方、ロザムンドの手前に咲くアイリスもまた不吉な意味を帯びており、ギリシア神話において女神イリスが死せる女性たちの魂を冥界の楽園へと導いたという伝承にちなみ、紫のアイリスはしばしば女性の墓に植えられる花でもありました。さらにアイリスはフランス王家の紋章フルール・ド・リスとも結びついており、ヘンリーと結婚する以前、エレアノール自身が1137年から1152年までフランス王妃であった事実とも重なり合います。

帯に刻まれた名前

ロザムンドの腰帯には「ROSAMVNDA」の文字が刺繍されています。傍らにはリュートのような楽器も置かれ、衣装の刺繍や草花の一枚一枚に至るまで、初期ラファエル前派らしい緻密な描き込みがなされています。乾いた擦筆の技法と鮮やかな発色の組み合わせは、同時代のロセッティが手がけたグワッシュや水彩作品を思わせる仕上がりになっています。

発表と評価

本作は1854年、ロンドンのフレンチ・ギャラリーで開催された冬季展に出品され、好評をもって迎えられました。その後1857年にはラファエル前派展、さらに同年ニューヨークで開催されたアメリカにおける英国美術展にも出品されています。所蔵者を転々としたのち、1956年、収集家ピーター・オーガスティン・ダニエルの姪エヴァ・ギルクリストによって、叔父を偲んでヴィクトリア国立美術館に寄贈されました。

実際に見るには

本作はオーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館に所蔵されています。同館では19世紀イギリス絵画のコレクションの一環として、ラファエル前派に連なる作品群とあわせて鑑賞することができます。

よくある誤解

本作はしばしば「美しい女性を描いた牧歌的な肖像画」として片づけられがちですが、実際には毒殺という結末が待つ悲劇の直前の瞬間を描いています。背景の人影や花々の象徴的な意味を知らずに眺めると、この絵にひそむ不穏さのほとんどを見逃してしまうことになります。

FAQ

Q. 《フェア・ロザムンド》のモデルは実在の人物ですか?
イングランド王ヘンリー2世の愛妾だったとされるロザムンド・クリフォードにまつわる伝説上の逸話に基づいています。

Q. 背景の人影は誰ですか?
ヘンリー2世の王妃エレアノール・オブ・アキテーヌで、ロザムンドを毒殺するために秘密の庭を探し当てた人物とされています。

Q. なぜジギタリスの花が描かれているのですか?
王妃が歩む小径にこの毒草を配置することで、これから起こる毒殺という結末を暗示しています。

Q. アイリスにはどんな意味がありますか?
死者の魂を導くギリシア神話の女神イリスや、フランス王家の紋章と結びつき、エレアノールの過去とロザムンドの運命の両方を暗示しています。

Q. 現在この絵はどこにありますか?
オーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館に所蔵されています。

まとめ

《フェア・ロザムンド》は、色鮮やかな庭園の情景に見せかけながら、実際には悲劇的な結末を静かに予告する仕掛けに満ちた作品です。花の一輪一輪、背景の人影の配置に至るまで、ヒューズが物語をどれほど緻密に絵のなかへ織り込んでいたかが見えてくると、この庭の穏やかさそのものが違って見えてきます。

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