《羊飼いの夢》(1793年)は、スイス生まれの画家ヨハン・ハインリヒ・フュースリ(ヘンリー・フュセリ)が、ジョン・ミルトンの叙事詩『失楽園』の一節を題材に描いた、大画面の油彩画で、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵しています。暗い闇のなかで、一人の男が眠り、その頭上を、白い衣の妖精たちが、手をつないで輪になって舞っています。夢と幻想を、劇的な明暗で描いた、フュースリの代表作の一つです。
基本情報
作者はヨハン・ハインリヒ・フュースリ(1741〜1825)、制作年は1793年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦154.3×横215.3cm。ロンドンのテート・ブリテン(収蔵番号T00876)に、1966年の購入によって所蔵されています。題の正式な形は、「羊飼いの夢、『失楽園』より」です。
題材|『失楽園』の妖精の比喩
テートの解説によると、この絵は、『失楽園』の、堕天使たちが、地獄のパンデモニウム(万魔殿)の広間にいる場面から、取られています。ミルトンは、そこで、堕天使たちを、森のそばで、真夜中の宴を開く妖精たちに、たとえています。その宴を見かけた、帰りの遅い農夫は、それを見たのか、夢に見たのか分からないまま、月が空低く、地上へ近づくなかで、音楽に耳を奪われ、喜びと恐れが、胸のなかで交錯します(趣旨)。
別の読み方もあります。フュースリは、この絵を、ホメロスやウェルギリウスが描いた、偽りの夢が、そこから現れるという、象牙の門の表現として、構想したのかもしれない、ともテートは述べています。
制作の経緯
この絵は、フュースリが、自ら企画した、ミルトン画廊のために描いたものです。ミルトン画廊のために、フュースリは、47点の絵を描いたとされます(英語版ウィキペディアによる)。構図は、1786年に、ロイヤル・アカデミーに出品された、鉛筆、赤チョーク、淡彩による、より詳細な素描(ウィーン、アルベルティーナ美術館)に基づいています。
見どころ|眠る男と、舞う妖精たち

画面の下では、暗い外套と、赤い帽子の男が、横向きに倒れるように眠っています。顔は、下を向き、片足は、右へ長く伸びて、素足が見えます。その近くには、白く巻いた尾の動物が見え、犬のようにも見えます。個人の紹介記事は、男が、羊を見守る羊飼いで、犬が見張りをしているうちに、鬼や妖精、小人たちの行列が、頭上を囲むと説明しています。
画面の上半分では、白い薄衣の女の姿が、手をつないで、輪を作り、ゆるやかに宙を回っています。輪の中心は、淡い光で照らされ、その外側は、深い闇に沈んでいます。左下には、金色の髪を逆立てた、小さな妖精が、こちらを振り返り、その横には、険しい顔の小さな鬼たちが、闇のなかから、のぞいています。
右の奥には、暗い建物のようなものが見えます。テートは、これを、ディアナの神殿かもしれないと述べています。中世の民間伝承では、ディアナが悪魔に変えられ、人々を夜、誘い出す存在とされたためです。
まとめ
《羊飼いの夢》は、ミルトンの詩の一節を、舞台の一場面のように描き出した作品です。眠る男の頭上の輪舞は、美しくも、不気味で、夢か現かが、定かではありません。暗い画面のなかの、白い光の輪が、見る者の想像を、静かに揺さぶります。
