アムリタ・シェール=ギル《市場へ向かう南インドの村人たち》とは|アジャンタに学んだ、六人の群像

《市場へ向かう南インドの村人たち》(1937年)は、アムリタ・シェール=ギルが、南インドの旅をもとに描いた大作です。縦長の画面に、村の人々が肩を寄せ合って立ち並び、背景は何も描かれていません。パリで学んだ技法を離れ、インドの古典美術に向き合った時期の代表作で、「南インド三部作」の一つに数えられています。

基本情報

作者はアムリタ・シェール=ギル(1913〜1941)、制作年は1937年です。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは縦147.3×横90cm。ニューデリーの国立近代美術館に所蔵されています。画面右下には、「Amrita Sher-Gil Nov 1937」と読める署名があります。

制作背景|南インドの旅から、シムラの自宅へ

1937年、アムリタは、アジャンタとエローラの石窟寺院、南インドのマドゥライ、コモリン岬、コーチン、トリヴァンドラムなどを旅しました。旅で出会った風景や人々は、のちに、この時期の作品に結びついていきます。

本作は、旅の現場ではなく、シムラにある自宅「ザ・ホルム」で、1937年の10月から11月頃に描かれたとされます。同じ時期に、小さめの構図の《語り手》や《昼寝》も、制作されました。

見どころ|画面を埋める六人の群像

画面には、大小六人の人物が描かれています。左下では、裸の少年が、こちらを向いて立っています。その後ろには、横顔の男性が、橙色の壺のようなものを、顔の近くに抱えています。中央の手前では、頭を剃り、髷を結った青年が、ピンクと黒の太い縞の腰布をまとって立っています。その後ろでは、青緑の衣を着た女性が、白い丸い皿のようなものを手にしています。右には、頭に野菜か果物の入った籠をのせた女性が立ち、その腕のなかに、後ろ姿の裸の子供が見えます。

題名は「市場へ向かう」ですが、人々は歩いているというより、画面のなかで足を止め、並んで立っているように見えます。視線は、それぞれ別の方向を向いていて、互いに話しているふうでもありません。背景は、土色の無地で、場所や時間の手がかりは、ほとんど示されていません。そのぶん、人物の姿勢や、衣の色の対比が、強く印象に残ります。

色彩では、褐色の肌と、土色の地に対して、縞の腰布のピンク、青緑の衣、白い皿の明るさが、際立っています。細長く切れ上がった目や、なめらかな輪郭など、人物の描き方は、アジャンタの壁画を思わせます。(この点は、画像から受ける印象です。)

アジャンタから学んだもの

アムリタは、アジャンタの壁画を見たときの驚きを、手紙に書き残しています。それは、インドに戻ってから、初めて他人の作品から学んだ、という趣旨のものです。南インド三部作は、その経験を受けて描かれました。

三部作の他の二点は、《花嫁の化粧》(1937年4月、146×88.8cm)と、《ブラフマチャーリー》(1937年5月、144.5×86.5cm)で、いずれも国立近代美術館が所蔵しています。国立近代美術館は、《花嫁の化粧》について、アジャンタ壁画の古典的な伝統に着想を得たものと解説しています。本作は、三部作の最後に描かれた一点です。

三部作が完成したあと、彼女は、批評家のカール・カンダワラに宛てた手紙で、インド絵画から何かを学んだと感じていること、物事をより距離を置き、より皮肉をこめて見るようになったことを語っています。

個展と評価

本作は、1937年11月21日から27日まで、ラホールで開かれた個展に出品され、1,500ルピーの値がつけられていました。この個展では、4点が売れましたが、本作は、その中に含まれていません。

三部作は、現在では、アムリタの南インド体験の集大成として、評価されています。国立近代美術館は、三部作を傑作とみなしています。

まとめ

《市場へ向かう南インドの村人たち》は、群像の大きさと、色彩の力で、アムリタが、インドの古典美術と、現地の人々の姿に、真正面から向き合った時期を、鮮やかに示す作品です。背景を省き、人物を並べたことで、一人ひとりの存在感が、画面から立ち上がってきます。

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