《ジャンヌ・エビュテルヌの肖像》(1919年)は、イタリア出身の画家アメデオ・モディリアーニが晩年に描いた油彩画で、岡山県倉敷市の大原美術館が所蔵しています。モデルは画家の内縁の妻ジャンヌ・エビュテルヌ。細長く引き伸ばされた首と、瞳を欠いた淡い青の目という、モディリアーニ様式の到達点を示す一枚です。
基本情報
作者はアメデオ・モディリアーニ(1884〜1920)、制作年は1919年。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは約92×54cm。所蔵は大原美術館です。モデルのジャンヌ・エビュテルヌは当時21歳、モディリアーニとの二人目の子を身ごもっていました。
制作背景|ジャンヌという運命の相手
モディリアーニは1917年、19歳の画学生ジャンヌ・エビュテルヌと出会い、恋に落ちて共同生活を始めます。もともと彫刻家を志しながら、幼少期からの結核による体力の衰えで絵画へと転じた画家にとって、ジャンヌはその後の生涯を通じて最も重要なモデルとなりました。現存する彼の作品のうち、20点以上がジャンヌを描いたものとされています。
本作が描かれた1919年、モディリアーニは結核に加え、長年のアルコールと薬物への依存によって体力を著しく消耗させていました。ジャンヌを描いた一連の肖像のなかでも、瞳を持たない目という特徴的な表現がこの時期に完成されていきます。画家はこの絵の翌年、1920年1月に35歳で世を去り、ジャンヌはその2日後、身重の体でアパートの窓から身を投げて後を追いました。本作は、こうした画家最晩年の切迫した時間のなかで生まれた作品です。
見どころ|瞳のない目に宿るもの

本作最大の特徴は、瞳孔(黒目)を描かない、薄い青色だけの目です。モディリアーニは初期のジャンヌ像では瞳を描いていましたが、次第にそれを省略していき、最終的にはこの絵やニューヨークのグッゲンハイム美術館所蔵《黄色いセーターを着たジャンヌ・エビュテルヌ》に見られるような、虚ろとも神秘的とも取れる無瞳の目にたどり着きます。この不在は、モデルの内面を覗かせない距離感を生むと同時に、見る者の想像を強く誘う効果を持っています。
引き伸ばされた首と傾いだ卵形の顔、単純化された鼻梁は、モディリアーニがアフリカやオセアニアのプリミティブな彫刻、そして自らが手がけた石彫の経験から練り上げた独自の様式です。土色がかった黄土色のセーターと、背景の穏やかな青緑の対比が、静謐で憂いを帯びた画面全体の調子を決定づけています。
ジャンヌ像の変遷とヴァリアント
同時期に描かれたジャンヌの肖像は複数現存しており、瞳の描写を比較することで制作の前後関係を推測する試みもなされています。個人蔵の一点では瞳の輪郭だけがかろうじて残り、大原美術館の本作、そしてグッゲンハイム美術館の一点へと、瞳が完全に消えていく過程がたどれるとする見方もあります。同じモデル、似た構図でありながら、目の表現ひとつで作品全体の印象が微妙に異なる点も、これらの連作を見比べる楽しみのひとつです。
評価と影響
《ジャンヌ・エビュテルヌの肖像》は、エコール・ド・パリを代表する画家モディリアーニの様式が完成の域に達した時期を示す作品として評価されています。日本国内でこの時期の代表的なジャンヌ像を鑑賞できる貴重な機会を提供する大原美術館の所蔵作品として、国内のモディリアーニ受容においても重要な位置を占めています。
まとめ
《ジャンヌ・エビュテルヌの肖像》は、病と依存に蝕まれながらも独自の様式を研ぎ澄ませていったモディリアーニが、最愛の人へ向けた最晩年のまなざしを刻んだ一枚です。瞳を失った目の静けさの奥には、画家とモデルが共に迎えることになる、あまりに早い終幕の予感が漂っているようにも見えます。


