ディエゴ・リベラ《宇宙の支配者としての人間》とは|ロックフェラーが壊した壁画、メキシコで甦る

《宇宙の支配者としての人間(Man, Controller of the Universe)》(1934年)は、メキシコの壁画家ディエゴ・リベラによるフレスコ画で、メキシコシティの芸術宮殿(パラシオ・デ・ベジャス・アルテス)に描かれています。もとはニューヨークのロックフェラーセンターのために制作されながら、完成直前に破壊された壁画を、リベラが記憶をもとにメキシコで描き直したものです。芸術と政治の衝突を最も劇的に物語る壁画のひとつです。

基本情報

作者はディエゴ・リベラ(1886〜1957)。技法はフレスコで、サイズは約4.80×11.45m。1934年、メキシコシティの芸術宮殿に制作されました。中央に立つ作業服姿の人物が、二つの巨大なプロペラ状のレンズ(片方に細胞や微生物、もう片方に星雲を映す)を操作する機械の操縦席に座り、その左右に対照的な二つの世界、資本主義社会と社会主義社会が展開する構図です。

制作背景|ロックフェラーセンターからの追放

1932年、リベラはロックフェラー家の依頼で、ニューヨークのロックフェラーセンターRCAビル(現コムキャストビル)のロビーに《岐路に立つ人間(Man at the Crossroads)》と題する壁画を制作します。テーマは「新たなより良い未来を望み希望をもって選択する人類」。当初のスケッチにはなかった要素として、リベラは制作中、労働者の行進を率いる指導者としてウラジーミル・レーニンの肖像を画面に描き加えました。

依頼主側はこれに強く反発し、レーニンの顔を別の無名の人物に差し替えるよう要求しますが、リベラはこれを拒否します。1933年5月、壁画は公開されないまま覆い隠され、同年2月、フレスコ画は壁ごと粉々に打ち壊されて廃棄されました。完成間近の壁画が施主の一存で破壊されたこの事件は、パトロンの財産権と芸術家の表現の自由が真っ向から衝突した20世紀を代表する事例として、今も繰り返し語られています。

メキシコでの再制作

失意のうちにメキシコへ帰国したリベラは、1934年、メキシコの建築家カルロス・オブレゴン・サンタシリアの働きかけを受け、芸術宮殿の壁面に同じ主題を描き直します。写真記録と自らの記憶をもとに再構成されたこの壁画には、ニューヨーク版にはなかった要素も加えられました。とりわけ画面右上、労働者の行進の中に、ロックフェラー家の当主ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアと思われる人物を、シャンパングラスを手にした姿で描き込んだことは、事件そのものへの痛烈な返答として知られています。

見どころ|一台の機械に凝縮された世界観

画面中央の操縦席に座る作業着の男は、科学技術によって宇宙(マクロコスモス)と細胞(ミクロコスモス)の双方を制御する、新しい時代の「人間」を象徴しています。彼を軸に、画面は左右対称に分かたれます。向かって左側には、失業者の列、ガスマスクをつけた兵士たちの戦争、酒や享楽に興じる上流階級など、資本主義社会の腐敗と危機が描かれます。右側には、赤旗を掲げて団結する労働者、指導者としてのレーニン、そしてスポーツや教育に励む健全な人々の姿が描かれ、社会主義社会の理想が対置されます。

さらに画面上部には古代の彫像(破壊された神々)、下部には根を張る植物と細胞分裂の図像が配され、過去から未来、微視から巨視までを貫く壮大な宇宙論的スケールのなかに、資本主義と社会主義という同時代の対立が組み込まれています。壁画という公共的な形式を通じて政治的メッセージを大衆に届けるという、メキシコ壁画運動の理念が凝縮された一枚です。

評価と影響

本作は、芸術の自律性とパトロンの権利をめぐる論争の象徴として、美術史のみならず表現の自由をめぐる議論でも繰り返し参照されます。同時に、リベラ、シケイロス、オロスコらが牽引したメキシコ壁画運動が掲げた「民衆のための公共芸術」という理念を体現する代表作としても評価されており、破壊された原作の記憶を留める「再制作された壁画」という特異な存在自体が、20世紀美術のひとつの記念碑となっています。

まとめ

《宇宙の支配者としての人間》は、消された壁画が、消されなかった信念によって別の国に甦った稀有な作品です。資本主義と社会主義、破壊と再生、権力と芸術家の対立という幾重もの緊張関係を、ひとつの機械仕掛けの宇宙像の中に封じ込めたこの壁画は、描かれた内容以上に、その来歴そのものが雄弁な作品だといえます。

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