グレアム・サザランドによる《ウィンストン・チャーチル》(1954年)は、英国議会が首相チャーチルの80歳の誕生日を記念して贈った公式肖像画です。しかし当のチャーチルはこの絵を激しく嫌い、完成作は人知れず焼却処分され、現存しません。今日残るのは、掲載画像のような制作過程の習作群のみ。20世紀の肖像画をめぐる最も有名なスキャンダルとして語り継がれる作品です。
基本情報

作者はグレアム・サザランド(1903〜1980)。風景の奥に潜む有機的な形態を描く英国のモダニズム画家で、戦後は緊張感ある肖像画の名手としても知られていました。本作は1954年、上下両院の議員たちの醵金により委嘱され、同年11月30日、ウェストミンスター・ホールでの80歳祝賀式典でチャーチル本人に贈呈されました。完成作は油彩・カンヴァスの大画面で、暗い背景の中、椅子に座る老政治家を正面から捉えたものでした。掲載画像はその準備過程で描かれた頭部習作のひとつで、こうした習作は複数が現存し、美術館収蔵や近年のオークション出品を通じて公開されています。
制作背景|英雄の「ありのまま」を描く
1954年夏から秋にかけて、サザランドはチャーチルの私邸チャートウェルなどで写生を重ねました。チャーチル自身も絵筆をとる人であり、当初の関係は友好的だったと伝えられます。しかしサザランドの流儀は、権力者を理想化する伝統的な公式肖像とは正反対の、対象の実存を容赦なく見つめるものでした。彼が描き出したのは、大英帝国の勝利の象徴ではなく、老いの重みを全身で受け止める一人の80歳の男です。
チャーチルは制作中から仕上がりを危惧し、完成作を見て激怒したといわれます。贈呈式での彼の謝辞、「これは近代美術の注目すべき見本です(a remarkable example of modern art)」という一言は、議場の笑いを誘った当てこすりとして有名です。本人は私的には「顔が半分馬鹿のように見える」などと痛烈に嫌悪を語ったと伝えられています。
絵の運命|夫人による焼却
贈呈後、絵は公開されることなくチャートウェルの地下に仕舞い込まれました。そして1955年ごろ、クレメンタイン・チャーチル夫人の指示により秘密裏に運び出され、焼却されます。この事実は夫人の死後の1978年に初めて公表され、大きな論争を呼びました。委嘱した議会への背信であり文化財の破壊だとする非難と、描かれた本人と家族には耐え難い絵を退ける権利があったとする擁護。芸術作品の所有と、描かれる者の尊厳はどちらが優先するのかという問いは、今日の肖像権や表象をめぐる議論にも通じています。サザランド自身は焼却を「破壊行為(vandalism)」として深く憤りました。
見どころ|習作に残る画家の眼

完成作が失われた現在、サザランドがチャーチルに何を見たのかを伝えるのは習作群です。掲載の頭部習作では、深い陰影の中に沈む顔、固く結ばれた口元、遠くを見るような、あるいは内側に沈み込むような眼差しが、素早い筆致で捉えられています。そこにあるのは戯画的な悪意ではなく、対象の老いと孤独への痛々しいまでの誠実な観察です。皮肉なことに、絵が焼かれたという事実そのものが、この観察の的確さ、つまり本人が直視したくなかったものを画家が確かに捉えていたことの、何よりの証言になっています。
評価と影響
本作の逸話は、英国では国民的な語り草であり、ドラマ『ザ・クラウン』で大きく取り上げられたことで世界的にも広く知られるようになりました。美術史的には、20世紀の公式肖像画が直面したジレンマ、すなわち英雄表象の伝統とモダニズムの真実追求との衝突を、最も劇的な形で示した事例とされています。近年、現存する習作がオークションで高額落札されるなど、失われた本作への関心はむしろ高まり続けています。
まとめ
サザランドの《チャーチル》は、完成からわずか数ヶ月で灰になりながら、20世紀で最も有名な肖像画のひとつであり続けるという逆説の作品です。権力者は自らの像を選べるのか、画家の眼はどこまで許されるのか。焼け残った習作の老人の顔は、その問いを今も見る者に突きつけています。

