ウィレム・デ・クーニング《女(オーカー)》とは|31年間盗まれていた抽象表現主義の問題作

《女(オーカー)》(Woman-Ochre、1954〜55年)は、抽象表現主義を代表する画家ウィレム・デ・クーニングによる油彩画で、米国アリゾナ大学美術館が所蔵しています。画家の代名詞である「女」連作の一点であると同時に、1985年に白昼堂々と盗まれ、31年後に田舎町の骨董店で発見されるという、美術犯罪史に残る数奇な来歴でも知られる作品です。

基本情報

作者はウィレム・デ・クーニング(1904〜1997)。オランダ・ロッテルダムに生まれ、密航同然に渡米してニューヨークで活動した画家です。本作の制作年は1954〜55年、技法は油彩・カンヴァスで、サイズは約76×102cm。1958年に収集家エドワード・ギャラガーの寄贈によりアリゾナ大学美術館(トゥーソン)のコレクションに入りました。

「女」連作という爆弾

1950年代初頭のニューヨークでは、ポロックらの完全な抽象こそが前衛の到達点とみなされていました。そのさなかにデ・クーニングが発表した「女」連作(《女I》〜《女VI》ほか)は、抽象の激しい筆致のなかに巨大な女性像を回帰させ、仲間からは「裏切り」と非難され、批評家を二分する論争を巻き起こします。むき出しの歯、見開かれた目、暴力的なストロークで解体と再構築を繰り返される身体。古代の地母神から現代の広告のピンナップまでを一身に背負ったようなこれらの女性像は、称賛と、女性表象をめぐる批判との両方を浴び続けてきました。

《女(オーカー)》はこの連作の流れに位置する一点です。題名のとおり黄土色(オーカー)を基調に、黒い輪郭線が身体を切り裂くように走り、ターコイズや赤の断片が閃きます。具象と抽象が一枚の画面上で格闘する、デ・クーニング絶頂期の緊張感をよく伝える作品です。

1985年の盗難

1985年11月29日、感謝祭翌日の朝。開館直後のアリゾナ大学美術館に男女の二人組が入り、女が警備員の注意を引いている隙に、男が2階で本作をカッターで額から切り取り、コートの下に隠して持ち去りました。犯行はわずか15分ほど。監視カメラも指紋もなく、事件は長く未解決のままとなります。

転機は2017年。ニューメキシコ州の小さな骨董店が、亡くなった元教師夫妻ジェリーとリタ・オルター家の遺品から家具などを買い取ったところ、寝室のドアの陰に掛かっていた一枚の絵が本作ではないかと指摘され、鑑定の結果、盗難から31年ぶりに真作と確認されました。夫妻は生前、寝室のドアを閉めなければ見えない位置にこの絵を掛けて private に「鑑賞」していたとみられ、状況証拠から実行犯と強く疑われていますが、すでに死亡しており真相は確定していません。切り取りと長年の保管で深く傷んだ画面は、ゲティ美術館で約2年に及ぶ科学調査と修復を受け、2022年、37年ぶりにアリゾナ大学美術館の壁に戻りました。

見どころ|傷跡も含めた歴史

現在の《女(オーカー)》は、修復によって展示可能な状態を取り戻しつつも、切り取られた際の欠損や画面の亀裂の痕跡を完全には消していません。修復チームは、犯罪の傷跡もこの絵の歴史の一部として、過度に「元通り」へ戻さない方針をとりました。荒々しい筆致の絵画に刻まれた、絵の外側の暴力の痕。作品と事件が分かちがたく結びついた稀有な例として、鑑賞の視点そのものを問いかけてきます。

評価と影響

美術史的には、本作は戦後アメリカ絵画の核心である「身振り(ジェスチャー)の絵画」と具象の緊張関係を示す一点として評価されています。加えて2017年の発見以降は、美術品盗難、修復倫理、そして「盗まれた名画はどこで誰に見られていたのか」という問いをめぐる、現代のミュージアム論の重要な事例ともなりました。発見と帰還の物語はドキュメンタリー映画にもなり、デ・クーニングの市場評価(《インターチェンジ》は史上最高額級で取引されたことで知られます)とあいまって、広く一般の関心を集め続けています。

まとめ

《女(オーカー)》は、抽象と具象の格闘というデ・クーニング芸術の核心を示す一枚であると同時に、31年間の空白と傷跡をその身に刻んだ、来歴そのものが物語となった作品です。画面の内と外で二重に「切り裂かれた」この絵は、名画とは何か、絵の価値はどこに宿るのかという問いを、静かに突きつけています。

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