孔雀の羽根をあしらった長大なスカートを引きずる女性が、若い男と向き合う黒白の挿絵がある。《孔雀のスカート(英:The Peacock Skirt)》と題されたこの作品は、イギリスの挿絵画家オーブリー・ビアズリーが1893年に手がけたもので、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の英語版を彩る挿絵の1枚として広く知られている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | オーブリー・ビアズリー(1872〜1898) |
| 制作年 | 1893年(初出版は1894年) |
| 技法・素材 | インクと鉛筆・紙(原画) |
| サイズ | 23×16.8cm(原画) |
| 所蔵 | フォッグ美術館(ハーバード大学) |
上演禁止となった戯曲のための挿絵
ワイルドの戯曲『サロメ』は、もともと1891年、彼がパリに滞在していた時期にフランス語で執筆された。この作品はイギリスでの上演を禁じられており、その表向きの理由は聖書上の人物を舞台に登場させることが問題視されたためだったとされる。ビアズリーはこの戯曲に触発され、まず「私はあなたの口に口づけした、ヨカナーン」と題する挿絵を制作し、1893年4月創刊の美術雑誌『ザ・スタジオ』にジョゼフ・ペネルの紹介記事とともに掲載された。これを見たワイルドはビアズリーに手紙を送り、彼を「同じ精神を分かち合う者」として認め、『サロメ』の英語版初版の挿絵一式を依頼することになった。本作は、1894年に刊行されたその英語版に収められた10点の挿絵のうちの1点である。
ホイッスラーの「孔雀の間」からの着想
ビアズリー自身が公言しているところによれば、本作の着想には、画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーが手がけた「孔雀の間」という室内装飾からの影響が色濃く反映されている。この部屋は1876年から77年にかけて制作されたもので、ビアズリーはおよそ20年後にこれを実際に見る機会を得て、その様式が今なお少しも古びていないと感じ、深い感銘を受けたと語っている。本作に描かれた孔雀の羽根模様は、まさにこの部屋から着想を得たものだ。
なおビアズリーの様式には、ラファエル前派、とりわけダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが妹クリスティーナ・ロセッティの詩集『ゴブリン・マーケット』に寄せた挿絵からの影響や、日本の版画からの影響も指摘されている。
見どころ

現実離れして引き伸ばされた衣装
サロメがまとう衣は、現実にはありえないほど長く引き伸ばされて描かれている。彼女の体もまた、画面の縦幅いっぱいを占めるようにねじれ、伸びやかに配置されている。
対照的に小さく描かれた頭部
長く伸びた体に対して、サロメの頭部は比較的小さく描かれている。その頭にもまた、孔雀の羽根をあしらった華やかな髪飾りが添えられ、衣装との一貫した装飾性を保っている。
横向きに配置された珍しい構図
サロメは正面ではなく、体を斜めに向け、背中側からの視点で描かれている。人物を真正面から捉えることの多かった当時の挿絵において、これは異例の構図の選択だったとされる。
傍らに控える若きシリア人
画面右手には、青年の姿が描かれている。戯曲のなかでこの人物は「若きシリア人」と呼ばれ、サロメへの視線をめぐる緊張感のある場面が、この挿絵のなかに凝縮されている。
実際に見るには
本作の原画はハーバード大学のフォッグ美術館に所蔵されている。ヴィクトリア&アルバート博物館やメトロポリタン美術館にも、1907年に刊行されたポートフォリオ版の刷りが所蔵されており、あわせて見ることで、ビアズリーが『サロメ』のためにどれほど濃密な視覚世界を作り上げたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《孔雀のスカート》はどこで見られますか?
原画はハーバード大学のフォッグ美術館に所蔵されている。
Q. なぜ『サロメ』の挿絵が描かれることになったのですか?
ビアズリーが自発的に手がけた挿絵をワイルドが気に入り、英語版初版の挿絵一式を依頼したことがきっかけだった。
Q. 孔雀の模様にはどんな由来がありますか?
ホイッスラーが手がけた室内装飾「孔雀の間」から着想を得たと、ビアズリー自身が語っている。
Q. なぜサロメは背中側から描かれているのですか?
明確な理由は伝わっていないが、当時としては珍しい構図の選択として評価されている。
Q. ワイルドの『サロメ』はなぜイギリスで上演禁止になったのですか?
表向きは聖書上の人物を舞台に登場させることが問題視されたためとされている。
まとめ
《孔雀のスカート》は、上演すら禁じられた戯曲のために、ビアズリーが自らの美意識を存分に注ぎ込んだ1枚だ。現実離れして引き伸ばされた衣装の渦を見つめていると、彼がホイッスラーの部屋で受けた衝撃の大きさが、そのまま線の密度に置き換わったように思えてくる。
