右耳に白い包帯を巻き、パイプをくわえた男が、赤とオレンジの背景を前に静かにこちらを見つめている。《包帯をしてパイプをくわえた自画像》は、フィンセント・ファン・ゴッホが1889年1月、南フランスのアルルで手がけた自画像だ。この絵の背景には、彼の生涯のなかでも特によく知られた、ある出来事がある。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890) |
| 制作年 | 1889年1月 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 51×45cm |
| 所蔵 | 個人蔵 |
ゴーギャンとの共同生活の破綻
ゴッホは1888年2月、南仏アルルに移り住み、画家たちの共同体「南の workshop(アトリエ)」を築くという夢を抱いていた。同年10月、盟友ポール・ゴーギャンを黄色い家に迎え入れ、2人はしばらく肩を並べて制作に励んでいる。しかし性格の異なる2人の共同生活は次第にきしみ始め、12月23日の夜、深刻な衝突の末に、ゴッホは自らの耳を傷つけるという事態に至った。
この夜に何が起きたのか、詳細は今なお完全には解明されていない。伝統的には、ゴッホが精神的な危機のなかで自らカミソリを用いて耳を傷つけたとされてきたが、近年ドイツの研究者ハンス・カウフマンとリタ・ヴィルデガンスは、フェンシングの心得があったゴーギャンが揉み合いのなかで誤ってゴッホの耳を傷つけ、ゴーギャンを守るために2人で自傷という筋書きを口裏合わせしたのではないかという説を提示している。ただしこれは論争の続く一説であり、確定した事実ではない。
いずれにせよ、傷を負ったゴッホはその後入院し、1月中旬に一時的な回復期を迎える。本作は、まさにその短い小康状態のなかで描かれた1枚だ。だがこの後まもなく彼の症状は再び悪化し、同年5月にはサン=レミ=ド=プロヴァンスの療養院に入ることになる。
見どころ

実際とは左右反転した包帯の位置
ゴッホが実際に傷つけたのは左耳だったが、この絵では右耳に包帯が巻かれている。これは、彼が鏡に映る自分の姿を見ながら描いたためで、鏡像がそのままカンヴァスに写し取られた結果とされている。
対照的な色彩の激しいぶつかり合い
背景は赤とオレンジという、暖色系のなかでも際立って強い対比をなす2色で塗り分けられている。この色使いが、顔の黄色みや上着の深い緑と反応し合い、画面全体に張り詰めた緊張感を生み出している。
くゆる煙をたたえたパイプ
口にくわえたパイプからは、黄色い煙が渦を巻くように立ち上っている。この動きのある筆致が、静止した自画像でありながら、どこか落ち着かない気配を画面に漂わせている。
感情を押し殺したような正面の視線
ゴッホの表情は、鑑賞者を真正面から見据えながらも、多くを語らない。厚塗りの筆致で捉えられたその顔つきには、直前の出来事を経てなお絵筆を握り続けようとする、静かな意志のようなものが感じられる。
実際に見るには
本作は現在、個人の所蔵となっている。よく似た構図の姉妹作《包帯をした耳の自画像》はロンドンのコートールド・ギャラリーに所蔵されており、あわせて見比べることで、ゴッホがこの時期、自らの姿をどう見つめ直そうとしていたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《包帯をしてパイプをくわえた自画像》はどこで見られますか?
現在は個人の所蔵となっている。
Q. なぜ絵では右耳に包帯が巻かれているのですか?
実際に傷ついたのは左耳だが、鏡を見ながら描いたため、絵のなかでは左右が反転している。
Q. この絵はいつ、どんな状況で描かれたのですか?
1888年12月の事件後、1889年1月の短い回復期に、アルルで描かれた。
Q. 事件の詳しい経緯は分かっているのですか?
自傷とする伝統的な説と、ゴーギャンとの揉み合いによるものとする近年の異説があり、確定していない。
Q. コートールド・ギャラリーの絵とはどう違うのですか?
同時期に描かれたよく似た構図の姉妹作で、背景や細部にわずかな違いがある。
まとめ
《包帯をしてパイプをくわえた自画像》は、深刻な危機を経たばかりの画家が、それでも絵筆を手放さずに自らの姿と向き合った記録だ。左右反転した包帯の位置1つにも、鏡の前に立ち続けた画家の律儀な観察眼がにじんでいる。
