ニューヨークのメトロポリタン美術館に、白いドレスをまとった少女が、堂々とした眼差しでこちらを見つめる肖像画がある。《メーダ・プリマヴェージの肖像(独:Mäda Primavesi)》と題されたこの絵は、オーストリアの画家グスタフ・クリムトが1912年から1913年にかけて手がけたものだ。官能的な女性像で知られるクリムトの画業のなかで、子どもを主題とした唯一の大作とされている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | グスタフ・クリムト(1862〜1918) |
| 制作年 | 1912〜1913年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 149.9×110.5cm |
| 所蔵 | メトロポリタン美術館(ニューヨーク) |
ウィーンの前衛芸術を支えた一家の娘
モデルとなったメーダ・プリマヴェージは、銀行家であり実業家でもあったオットー・プリマヴェージと、その妻エウゲニアの娘である。プリマヴェージ家は製糖業や繊維業で財を成し、自らの銀行まで所有していた、モラヴィアでも有数の裕福な一族だった。夫妻はウィーン工房(ヴィーナー・ヴェルクシュテッテ)をはじめとする当時最先端の芸術運動の熱心な支援者であり、クリムトとも親しい間柄にあった。本作は、そのオットー自身がクリムトに依頼して描かせた肖像画で、身の丈ほどもある大きな画面が用意された。
何度も練り直された構図
クリムトはこの肖像画のために、ポーズや衣装、背景を変えながら、数多くの下絵を残している。最終的にメーダがまとうことになった白いドレスは、クリムトの提案によって、彼の生涯の伴侶であり衣装デザイナーでもあったエミーリエ・フレーゲが特別に仕立てたものだ。少女は花や鳥、魚、犬までもがあしらわれた絨毯の上に、まっすぐな姿勢で立っている。
メーダ自身は後年、自分が意志の強い、おてんばな子どもだったと振り返っており、クリムトの前でモデルを務めた記憶をはっきりと覚えていたという。実際、この絵に写し取られた9歳の少女の眼差しには、年齢に不釣り合いなほどの確かな自信が宿っている。なお、クリムトは1914年、メーダの母エウゲニアの肖像画も別に手がけている。
見どころ

まっすぐにこちらを見据える視線
メーダの表情には、幼さゆえの遠慮も臆病さも感じられない。むしろ堂々とこちらを見返すその視線が、この絵を単なる愛らしい子ども像にとどめない、独特の存在感を与えている。
花や動物が散りばめられた絨毯
少女の足元に広がる絨毯には、花や小鳥、魚、そして犬といったモチーフが自由に散りばめられている。この装飾的な密度の高さは、クリムトが晩年の肖像画で好んで用いた、周囲を文様で埋め尽くす手法をよく表している。
特注の白いドレス
メーダがまとう白いドレスは、単なる衣装ではなく、クリムトの伴侶エミーリエ・フレーゲが手がけた特別な一着だ。このドレス自体が、当時のウィーンにおける芸術と工芸の緊密な結びつきを物語っている。
ナチスに接収された来歴
この絵は1930年代初頭にプリマヴェージ家の手を離れ、その後1938年、ウィーンでジェニー・プリツァー・シュタイナーの所有物としてナチスに接収されるという運命をたどった。1951年に彼女のもとへ返還されたのち、1964年、彼女の娘夫妻からメトロポリタン美術館へ寄贈され、現在に至っている。
実際に見るには
本作はニューヨークのメトロポリタン美術館の常設コレクションで見ることができる。クリムトが描いた官能的な女性像の数々とは一線を画す、この率直で堂々とした子どもの肖像を間近で確かめる価値がある。
FAQ
Q. 《メーダ・プリマヴェージの肖像》はどこで見られますか?
ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。
Q. モデルは誰ですか?
実業家オットー・プリマヴェージとその妻エウゲニアの娘、メーダ・プリマヴェージである。
Q. なぜこの絵は特別だとされているのですか?
官能的な女性像を数多く手がけたクリムトにとって、子どもを主題とした数少ない大作の1つだからである。
Q. ドレスは誰が作ったのですか?
クリムトの伴侶であり衣装デザイナーでもあったエミーリエ・フレーゲが特別に仕立てた。
Q. この絵の来歴には何がありましたか?
1938年にウィーンでナチスに接収され、1951年に返還された後、1964年にメトロポリタン美術館へ寄贈された。
まとめ
《メーダ・プリマヴェージの肖像》は、官能と装飾を極めたクリムトが、珍しく1人の少女の意志の強さと真っ直ぐに向き合った1枚だ。何度も描き直された下絵の末にたどり着いたのは、幼さの奥にある確かな自我を、装飾の渦のなかにしっかりと留め置くという答えだった。
