ロンドンの帝国戦争博物館に、幅3メートルを超える大画面の油彩画がある。《メニン・ロード(英:The Menin Road)》と題されたこの絵は、イギリスの画家ポール・ナッシュが1918年から1919年にかけて手がけたもので、第一次世界大戦を象徴する1枚として広く知られている。だがこの絵は本来、英雄的行為と犠牲を讃えるはずの記念空間のために依頼された作品だった。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ポール・ナッシュ(1889〜1946) |
| 制作年 | 1918〜1919年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 182.8×317.5cm |
| 所蔵 | 帝国戦争博物館(ロンドン) |
建てられなかった「記念の間」のために
ナッシュはロンドンのスレード美術学校で学んだのち、1914年に義勇兵部隊「アーティスツ・ライフルズ」に入隊した。1917年春をイーペル突出部で過ごし、同年11月には公式の従軍画家として再びこの地に戻っている。同僚のクリストファー・ネヴィンソンとともに、第三次イーペルの戦いの経験を主題とした作品群に取り組んだのもこの時期だ。
1918年4月、ナッシュは英国戦争記念委員会から、国立の「記念の間(ホール・オブ・リメンブランス)」のために戦場の場面を描くよう依頼を受けた。この計画では、ウッチェロの《サン・ロマーノの戦い》と同じ寸法(72×125インチ)の絵画群を並べることが構想されており、それは記念碑的な戦争画にふさわしい大きさとされていた。しかし「記念の間」自体は結局建設されることなく、完成した本作は代わりに帝国戦争博物館へ寄贈されることになった。
「戦争のどの戦域よりも忌まわしい土地」
本作が描いているのは、イーペル突出部のうちヘルウェルト村近くにある「タワー・ハムレッツ」と呼ばれる一帯で、メニン街道尾根の戦いによって徹底的に破壊された場所である。ナッシュ自身がこの絵に添えるべきだと提案した説明文には、この土地が戦争のどの戦域にもまして恐れられ、悲惨な場所だったと記されている。
初めてこの絵が展示された際、それを収める部屋があまりに狭かったため、ナッシュは全体を見るために窓から外へ出なければならなかったという逸話も残っている。
見どころ

砲弾の跡が刻まれた「道」
画面中央には、もはやそれと分からないほど姿を変えた道を、2人の兵士が慎重に進んでいく様子が描かれている。彼らは道そのものというより、崩れ果てた地形に絡め取られているようにも見える。
葉を失った木々の残骸
画面には、枝葉をすべて失い、幹だけが突き立った木々の残骸が並んでいる。かつて街道を彩っていたであろうこれらの木立は、いまや戦場の荒廃を示す墓標のような存在になっている。
銃身を思わせる光の筋
空を覆う雲と煙のあいだを、幾筋もの光が斜めに差し込んでいる。この光の筋は、まるで銃身のような鋭さで画面を切り裂き、平和な自然現象であるはずの陽光にすら、戦争の気配を宿らせている。
手前に散乱する破壊の痕跡
画面手前には、コンクリートの破片や有刺鉄線、波形の鉄板などが無造作に散らばっている。背景では砲撃による土煙が立ち上り続け、この破壊がいまなお進行中であることを物語っている。
半抽象的な様式に宿る戦争の実感
本作は、半抽象的でキュビスムの影響を感じさせる様式によって描かれている。画家であり批評家でもあったウィンダム・ルイスが率いたヴォーティシズムという英国の前衛運動の痕跡も指摘されており、実際にルイス自身はこの絵を「泥の叙事詩」と評したと伝えられている。一方で、その色調はフランドルのタペストリーに由来するのではないかとも言われ、まさに歴史的な合戦図を思わせる荘厳さを備えている。
実際に見るには
本作はロンドンの帝国戦争博物館に所蔵されている。同館にはナッシュが手がけた他の戦争画も収蔵されており、あわせて見ることで、彼が第一次世界大戦という経験をどのように独自の様式へと昇華させていったかをたどることができる。
FAQ
Q. 《メニン・ロード》はどこで見られますか?
ロンドンの帝国戦争博物館に所蔵されている。
Q. なぜこの絵は描かれたのですか?
英国戦争記念委員会が計画した「記念の間」のための戦争画として、1918年に依頼されたものである。
Q. 「記念の間」とはどうなったのですか?
結局建設されることはなく、完成した本作は帝国戦争博物館に寄贈された。
Q. この絵はどこの戦場を描いていますか?
イーペル突出部の「タワー・ハムレッツ」と呼ばれる一帯で、メニン街道尾根の戦いで徹底的に破壊された場所とされている。
Q. ナッシュはどんな画家でしたか?
第一次・第二次世界大戦の両方で従軍画家を務め、戦場の風景画で高く評価されたイギリスの画家である。
まとめ
《メニン・ロード》は、英雄的行為と犠牲を讃えるはずの記念空間のために依頼されながら、結果としてまったく祝祭的ではない戦場の実像を描き出した1枚だ。葉を失った木々と銃身のような光の筋。ナッシュが実際に目にした「戦争のどの戦域にもまして忌まわしい土地」を、この絵ほど正直に伝えるものはない。
