フィレンツェのピッティ宮殿に、暗闇のなかで振り返る2人の女性を描いた油彩画がある。《ユディトとその侍女(伊:Giuditta e la sua ancella)》と題されたこの絵は、バロック期イタリアの画家アルテミジア・ジェンティレスキが手がけたもので、彼女が生涯にわたって繰り返し取り組んだ主題のうち、事件の「直後」の瞬間だけを切り取った1枚だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | アルテミジア・ジェンティレスキ(1593〜1653) |
| 制作年 | 1610年代半ば頃(諸説あり) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 114×93.5cm |
| 所蔵 | ピッティ宮殿・パラティーナ美術館(フィレンツェ) |
敵将の首を持ち帰る女性の物語
本作の主題は、旧約聖書外典『ユディト記』に由来する。ユダヤ人の寡婦ユディトは、アッシリア軍に包囲された故郷ベトリアの町を救うため、身なりを整えて敵陣に単身乗り込み、敵将ホロフェルネスと食事をともにしたのち、彼が眠りに落ちたところを見計らって、その首を刎ねたとされる。この絵が描いているのは、まさにその凶行の直後、発覚を恐れて逃げ支度を整えるユディトと侍女アブラの姿だ。
肩に載る、まだ生々しい剣
画面では、ホロフェルネス自身の剣とされる大ぶりの刃が、ユディトの肩に無造作に載せられている。その刃先は彼女のあらわになった首筋のすぐそばにあり、たったいま何が起きたばかりなのかを、見る者に生々しく思い起こさせる構図になっている。剣の柄頭には、叫び声をあげているかのような人物の顔(メドゥーサを思わせる神話的な図像とも言われる)が彫り込まれており、これもまた暴力の記憶を暗示する装飾だ。侍女が抱える籠のなかには、血の染みた布とともにホロフェルネスの首がのぞいている。
繰り返し描かれた同じ主題
ジェンティレスキはこの「事件直後のユディトと侍女」という主題を、生涯を通じて複数回にわたって描いている。デトロイト美術館(1623〜25年頃)、カンヌのラ・カストル美術館(1640年代)、ナポリのカポディモンテ美術館(1645〜50年頃)にも、それぞれ構図の異なるヴァージョンが残されており、本作はそのなかでも初期に位置づけられる1枚とされる。
自身が若い頃に受けた性的暴行と、その後の裁判という経験を踏まえ、彼女が繰り返しユディトという主題に立ち返った背景には、単なる聖書物語への関心を超えた、自伝的な意味合いが込められているのではないかと、多くの研究者が指摘している。
見どころ

警戒しながら振り返るユディトの横顔
画面左手には、豪奢に結い上げた髪と宝飾品を身にまとったユディトが、鋭く横を見やる姿で描かれている。その表情には、任務を果たした達成感よりも、発覚への恐れがにじんでいる。
対照的な姿勢で立つ侍女
画面右手には、白い布を頭に巻いた侍女が、ユディトとは逆の方向を見やりながら立っている。互いに背を向け合うような2人の配置が、この緊迫した逃走の瞬間に、独特の構図的緊張感を与えている。
籠のなかにのぞく首と血染めの布
画面下部の籠には、ホロフェルネスの首と、血の染みた布が収められている。この生々しい細部が、直前まで繰り広げられていた暴力を、静かに、しかし確実に物語っている。
明暗の強いコントラスト
画面全体は、深い影と限られた光源による明暗の強いコントラストで構成されている。この光と影の扱いに、同時代のカラヴァッジョからの影響が色濃く表れている。
実際に見るには
本作はフィレンツェのピッティ宮殿内、パラティーナ美術館に所蔵されている。ジェンティレスキが同じ主題で手がけた他のヴァージョンは、デトロイト美術館、カンヌのラ・カストル美術館、ナポリのカポディモンテ美術館にそれぞれ分かれて所蔵されており、あわせて見比べることで、彼女がこの主題にどれほど繰り返し向き合い続けたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《ユディトとその侍女》はどこで見られますか?
フィレンツェのピッティ宮殿・パラティーナ美術館に所蔵されている。
Q. この絵はどの場面を描いていますか?
ユディトが敵将ホロフェルネスの首を刎ねた直後、発覚を恐れて逃げ支度をする場面である。
Q. なぜジェンティレスキはこの主題を繰り返し描いたのですか?
明確な理由は分かっていないが、彼女自身が若い頃に受けた性的暴行とその裁判という経験が、この主題への繰り返しの回帰に影響しているのではないかと指摘されている。
Q. 他にも同じ主題の作品はありますか?
デトロイト美術館、カンヌのラ・カストル美術館、ナポリのカポディモンテ美術館にそれぞれ異なるヴァージョンが所蔵されている。
Q. 剣の柄頭に彫られた顔は何を表していますか?
メドゥーサを思わせる神話的な図像ではないかとされ、暴力の記憶を暗示する装飾と考えられている。
まとめ
《ユディトとその侍女》は、聖書の英雄的な物語のなかでも、勝利の高揚感ではなく発覚への恐れという、より生々しい感情の瞬間を切り取った1枚だ。肩に載る剣と籠のなかの首。この主題に生涯繰り返し向き合い続けたジェンティレスキの執着の深さを、この2つの小道具だけで十分に感じ取れる。
