《ピュラモスとティスベ(独:Pyramus und Thisbe)》は、スイスの画家ニクラウス・マヌエル・ドイチュが1515年から20年ごろに手がけた絵画で、現在はバーゼル美術館に所蔵されている。古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』に語られる悲恋の物語、その最後の場面を描いたこの絵は、恋人の遺体のかたわらで自ら剣を胸に突き立てようとする女性の姿を中心に据えている。今回はこの絵を手がけた画家の異色の経歴と、後世の「ロミオとジュリエット」にもつながるこの物語の背景について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ニクラウス・マヌエル・ドイチュ(1484頃〜1530) |
| 制作年 | 1515〜1520年ごろ |
| 技法・素材 | ディステンパー・カンヴァス |
| サイズ | 約161×151cm |
| 所蔵 | バーゼル美術館(スイス) |
| 主題 | オウィディウス『変身物語』に基づく悲恋の物語 |
一言でいうと
すれ違いの誤解がもたらした、恋人たちの二重の死。血に染まった桑の実の伝説にも結びつくこの悲劇の結末を、マヌエルは静かな森の情景のなかに描き出した。
制作背景
画家であり傭兵でもあった異色の人物
ニクラウス・マヌエル・ドイチュはベルン生まれの画家で、絵画だけでなく素描、戯曲の執筆、そして傭兵としての従軍まで手がけた多才な人物だった。彼の作品にはしばしば剣の図案が署名として添えられており、戦と略奪の合間を縫って制作にあたっていたことがうかがえる。異様な表現主義的作風で知られ、「死と乙女」のような不穏な主題や、この絵と同じく神話に基づく「パリスの審判」など、光と陰影に満ちた劇的な構図を得意とした。
アメルバッハ・コレクションからバーゼルへ
この絵は、バーゼルの法律家であり美術収集家でもあったバジリウス・アメルバッハのコレクションに由来する。アメルバッハは「パリスの審判」や聖母子を描いた奉納画とともに、この絵をおそらく画家の遺族から取得したと考えられている。1661年、アメルバッハ・コレクション全体がバーゼル市によって購入され、これが現在のバーゼル美術館の基礎となった。マヌエルの作品の多くが今日まで良好な状態で伝わっているのは、このコレクションが散逸せずに保存され続けてきたためだ。
オウィディウスに基づく悲恋の物語
物語の主人公ピュラモスとティスベは、隣り合う家に住みながら親の反対で結ばれることを許されなかった若い恋人たちだ。壁の隙間を通して言葉を交わしていた2人は、ある夜こっそりと城壁の外で落ち合う約束をする。先に到着したティスベはライオンに遭遇して逃げ出し、その際に落とした布切れがライオンの血で汚される。遅れて着いたピュラモスはその布を見て恋人が死んだと思い込み、絶望のあまり自ら命を絶ってしまう。戻ってきたティスベは息絶えた恋人を見つけ、彼女もまた同じ剣で自らの命を絶つ。
見どころ

剣を構えるティスベ
画面右、恋人ピュラモスの遺体のかたわらにひざまずくティスベが、剣を高く掲げている。この後まさに自らの胸を貫こうとする、悲劇の頂点の瞬間が描かれている。
横たわるピュラモスの遺体
ティスベの足元には、すでに息絶えたピュラモスの姿が横たえられている。誤解から生まれたこの悲劇は、たった一つの布切れの取り違えによって引き起こされたものだった。
遠景に描かれた物語の前段
画面左奥には、別の女性たちの姿が小さく描かれている。これはこの悲劇に至る前段の場面、すなわちティスベがライオンに驚いて逃げ出す場面を示していると考えられ、一枚の画面のなかに時間の異なる複数の出来事が同時に描き込まれている。
暗く沈んだ森の情景
画面全体を覆う深い森と暮れなずむ空は、この悲劇にふさわしい重苦しい雰囲気を醸し出している。マヌエルならではの劇的な光と影の使い分けが、物語の悲痛さをいっそう際立たせている。
実際に見るには
本作はバーゼル美術館に所蔵されている。同館にはマヌエルの他の代表作「パリスの審判」や「死と乙女」も収蔵されており、あわせて見ることで彼が繰り返し追求した、欲望とその代償という主題の広がりを知ることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「単なる古代神話の悲恋物語」として片付けられがちだが、実際にはこの物語自体が、後世シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の原型の一つとされる重要な系譜に連なっている。単なる異国の神話としてではなく、恋愛悲劇という文学的伝統の源流を成す物語として見ることで、この絵の文化的な位置づけがより見えてくる。
FAQ
Q. 《ピュラモスとティスベ》はどこで見られますか?
バーゼル美術館に所蔵されている。
Q. この絵はどんな物語を描いていますか?
親の反対で結ばれなかった恋人ピュラモスとティスベが、誤解の末に相次いで自ら命を絶つという悲劇の場面を描いている。
Q. この物語は後世にどんな影響を与えましたか?
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」をはじめ、後世の恋愛悲劇の原型の一つとされている。
Q. ニクラウス・マヌエル・ドイチュはどんな人物ですか?
画家であると同時に傭兵、戯曲の執筆者でもあった多才な人物で、劇的な光と影の表現を得意とした。
Q. この絵はいつごろ美術館の所蔵になったのですか?
収集家バジリウス・アメルバッハのコレクションの一部として保存され、1661年にバーゼル市が購入したことで公共のコレクションに加わった。
まとめ
《ピュラモスとティスベ》は、たった一枚の布の誤解から生まれた二重の死という、古代からの悲恋物語の頂点を描いた一枚だ。画家であり傭兵でもあったマヌエルの劇的な筆致が、この物語の持つ痛切さを今もなお鮮やかに伝えている。
