《キリストの降誕》とは|ピエロ・デラ・フランチェスカが自邸に描いた奇跡

《キリストの降誕(伊:Natività、英:The Nativity)》は、初期ルネサンスの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの晩年の作品で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。5人の天使が音楽を奏でながら幼子キリストの誕生を讃えるこの絵は、画家自身の生まれ故郷、トスカーナの実家の寝室を飾るために描かれたものだ。長らく「未完成の絵」と誤解されてきたこの作品には、実は緻密な修正の跡と、静かに息をひそめる1羽のカササギが隠されている。今回はこの絵の来歴と、画面に散りばめられた象徴について見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者ピエロ・デラ・フランチェスカ(1415/20頃〜1492)
技法・素材油彩(テンペラを併用)・板
所蔵ナショナル・ギャラリー(ロンドン)収蔵番号NG908
制作当初の設置場所ボルゴ・サンセポルクロの一族の邸宅、主寝室

一言でいうと

聖なる幻視を、画家自身が暮らしたトスカーナの見慣れた風景のなかに置き換えて描いてしまう。奇跡を遠い異国の出来事ではなく、自分の日常のすぐそばの光景として描き直した1枚。

制作背景

聖ビルギッタの幻視に基づく図像

この絵の構図は、13世紀から14世紀に生きたスウェーデンの聖女、聖ビルギッタが記したとされる有名な幻視の記述に基づいている。ピエロはこの幻視の細部を丹念に絵画化しながら、その舞台をトスカーナの見慣れた田園風景へと置き換えた。画面左には川がなだらかな丘陵を縫うように流れ、右には屋根や教会の尖塔が小さく見えている。これは画家の故郷ボルゴ・サンセポルクロの周辺の景色を思わせるものとされている。

自邸の寝室のための一枚

この絵は当初、ピエロ自身の一族の邸宅を飾るために描かれ、主寝室に掛けられていたと伝えられている。一族のもとに長らくとどまった後、1825年ごろまでこの邸宅に残り、その後1860年代にロンドンへ渡り、1874年にナショナル・ギャラリーが取得した。

「未完成」という長年の誤解

この絵は取得当初から、その表面状態の悪さから未完成の作品だと考えられてきた。しかし実際には、一族のもとにあった時代に、過度な洗浄によって絵具層が大きく損なわれてしまったことが原因だったと現在では考えられている。2022年まで3年をかけて行われた大規模な修復により、光と色彩、空間の巧みな演出があらためて明らかにされ、同年末にはロンドンで再び一般公開された。

見どころ

音楽を奏でる5人の天使

画面左には、古典彫刻を思わせるゆったりとした衣をまとった5人の天使が並んでいる。2人はリュートを奏で、他の者たちは口を開いて歌っているかのような姿で描かれ、この素朴な誕生の場面に天上の伴奏を添えている。

屋根にとまる沈黙のカササギ

小屋の屋根には1羽のカササギがとまっている。カササギはトスカーナでは絶え間なく鳴き続ける鳥として知られていたが、この場面では静かに沈黙しているかのように描かれており、この特別な瞬間の神聖さを暗示している。修復によって、このカササギが画面全体の構図を安定させる重要な要素であったことも改めて確認された。

受難を暗示するヒワ

画面左手前の茂みには、赤い顔をしたヒワが1羽止まっている。ヒワはキリストの受難を象徴する鳥として知られており、誕生の喜びの場面に、すでに訪れるべき悲しみの予兆がひそかに織り込まれている。

画家自身が正した構図の乱れ

近年の修復調査では、ピエロが制作の途中で自らの誤りを修正していた跡も確認されている。たとえば牛の角が天使の抱えるリュートの首の部分と重なって画面が読みにくくなっていたのを、ピエロ自身が塗り直して調整していたことがわかっている。細部にまでこだわり抜いた構成の緻密さが、この修復を通じて明らかになった。

実際に見るには

本作はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。2022年の大規模修復以降は専用の展示室に掛けられ、もともと邸宅の寝室で見られていたのと同じ、肩の高さほどの位置で鑑賞できるよう配慮されている。

よくある誤解

この絵はしばしば「未完成のまま残された作品」として紹介されてきたが、これは長年の誤解であり、実際には後世の過剰な洗浄によって表面が損なわれたことが原因だったことが、近年の修復調査で明らかになっている。単なる未完成品としてではなく、緻密に計算し尽くされた完成作として見ることで、この絵の本来の姿がより正しく伝わってくる。

FAQ

Q. 《キリストの降誕》はどこで見られますか?
ロンドンのナショナル・ギャラリー(NG908)に所蔵されている。

Q. この絵はどんな出来事に基づいていますか?
スウェーデンの聖女、聖ビルギッタが記したとされるキリスト降誕の幻視の記述に基づいている。

Q. なぜ「未完成」と考えられていたのですか?
一族のもとにあった時代に過度な洗浄で絵具層が損なわれたためで、実際には完成作であったことが近年の修復調査で確認されている。

Q. カササギやヒワにはどんな意味がありますか?
沈黙するカササギはこの瞬間の神聖さを、受難の象徴とされるヒワはキリストの将来の受難を暗示しているとされる。

Q. この絵はもともとどこに飾られていたのですか?
画家の故郷ボルゴ・サンセポルクロにある一族の邸宅の主寝室に飾られていた。

まとめ

《キリストの降誕》は、聖なる幻視を画家自身の見慣れた故郷の風景のなかに置き換え、静かな鳥たちの気配にまで象徴を織り込んだ緻密な1枚だ。長らく「未完成」と誤解されてきたその表面の傷跡も、今では画家の計算し尽くされた構成をあらためて浮かび上がらせる手がかりとなっている。

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