《夏の四時に、希望…》(仏:À quatre heures d’été, l’espoir…)は、フランスのシュルレアリスム画家イヴ・タンギーが1929年に手がけた油彩画で、現在はパリの国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)に所蔵されています。海底とも大気とも判別のつかない曖昧な空間に、鳥とも貝ともつかない不思議な形態が浮かぶこの作品は、タンギー特有の幻想世界がもっとも詩的に結実した一枚です。この記事では、この絵にひそかに描き込まれた女性の姿と、独学で画家になったタンギーの歩みを見ていきます。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | イヴ・タンギー(1900〜1955) |
| 制作年 | 1929年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 129.5×97cm |
| 所蔵 | 国立近代美術館(パリ、ポンピドゥー・センター) |
| 旧所有者 | 作家レーモン・クノー |
一言でいうと
《夏の四時に、希望…》は、大地とも海とも空ともつかない不確かな空間に、有機的な生命体を思わせる形が浮かび漂う作品です。中心に据えられた鳥とも貝ともつかない存在と、画面右側にひそかに隠された女性の姿が、この絵の静かな詩情を支えています。
制作背景
バスの車窓から画家を志して
タンギーは1900年、ブルターニュ人の両親のもとパリに生まれました。1918年に軍隊へ入隊した際に詩人ジャック・プレヴェールと出会い、生涯にわたる友情を育みます。1922年に兵役を終えたのち、バスに乗っていた際、車窓越しに偶然目にした画廊でジョルジョ・デ・キリコの絵画に感銘を受け、それまでまったく美術の経験がなかったにもかかわらず、独学で絵画を学び始めました。
シュルレアリスムとの出会い
1924年、プレヴェールの紹介によって、アンドレ・ブルトン率いるシュルレアリスム運動の画家たちと出会ったタンギーは、次第に独自の絵画様式を確立していきます。1927年に開いた初めての個展を見たブルトンは、彼を「もっとも純粋なシュルレアリスト」と評しました。本作はこの時期からわずか2年後に描かれた作品です。
見どころ

曖昧な境界を漂う生命体
画面には、大地・海・空のあいだの境界が判然としない、不確かな空間が広がっています。うねるような形が流れるように空間を区切り、この想像上の生態系のなかに、まだ生成の途上にあるような植物的あるいは動物的な形態が浮かんでいます。
中心に浮かぶ「鳥貝」
画面中央には、黄色がかった白い、鳥の姿と貝殻の半身とが融合したような不思議な形態が宙づりになっています。それぞれの部分は独立していながら互いに溶け合っており、絶えず変容を続けているかのような印象を与えます。
ひそかに隠された女性の姿
画面右側には、茎のような形態が中心に向かって漂う様子が描かれていますが、よく見るとこれが女性の姿であることに気づかされます。タンギーが自作に女性の姿を描き込むことは非常に稀であり、この存在の意味はいっそう重く感じられます。
精密な筆致がもたらす幻視の力
宙に漂う煙とも凝結物ともつかない正体不明の物体が、測りがたい不確かな空間のなかに点在しています。金細工師や指物師、彩飾画家のような正確さで一つひとつの物体を磨き上げ、奇妙な網目模様を描き出すタンギー特有の筆致が、この幻想的な光景に幻視的とも呼べる強い実在感を与えています。
実際に見るには
本作はフランス・パリの国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)に所蔵されています。同館の解説によれば、本作はタンギーが得意とした「偶然性の地誌学」のなかでも、不安に満ちたバージョンというよりも、憂鬱とユーモアの両方をたたえた、より穏やかな詩情を持つ作品として位置づけられています。
よくある誤解
本作はしばしば「単なる無意識の産物としての幻想画」として片づけられがちですが、実際には金細工師のような精密さで一つひとつの形態が丹念に描き込まれた、きわめて計算された作品です。また画面に女性の姿がひそかに描き込まれていることはあまり知られておらず、タンギーの作品において女性像がいかに稀少であるかを踏まえると、この一枚の特別な意味がより深く伝わってきます。
FAQ
Q. 画面中央に浮かぶ不思議な形は何を表していますか?
鳥の姿と貝殻とが融合したような形態で、絶えず変容を続けているかのような印象を与える存在として描かれています。
Q. 女性の姿はどこに描かれていますか?
画面右側、茎のような形態が中心に向かって漂う部分に、女性の姿がひそかに描き込まれています。
Q. なぜタンギーは正式な美術教育を受けずに画家になったのですか?
バスの車窓越しに偶然目にしたジョルジョ・デ・キリコの絵画に感銘を受け、独学で絵画を学び始めたためです。
Q. この絵は以前誰が所有していましたか?
作家レーモン・クノーが所有していました。
Q. 現在この絵はどこにありますか?
フランス・パリの国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)に所蔵されています。
まとめ
《夏の四時に、希望…》は、大地・海・空の境界が溶け合う幻想的な空間のなかに、鳥とも貝ともつかない生命体と、ひそかに隠された女性の姿を漂わせた作品です。金細工師のような精密な筆致が生み出すこの幻視の世界にこそ、独学から「もっとも純粋なシュルレアリスト」へと至ったタンギーの真骨頂が息づいています。
