《サン・ロマーノの戦い》(伊:Battaglia di San Romano)は、フィレンツェ派の画家パオロ・ウッチェロが手がけた三部作の絵画で、このうちの1点は現在ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。1432年に実際に起きたフィレンツェとシエナの戦いを主題にしたこの作品は、初期ルネサンス絵画における遠近法の発展を示す重要な資料でありながら、血なまぐさい戦場というよりも、まるで遊園地の木馬を思わせる夢のような世界観をたたえています。この記事では、この三部作がどのように世界各地の美術館へ散らばることになったのか、そしてウッチェロがどれほど遠近法に取り憑かれていたのかを見ていきます。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | パオロ・ウッチェロ(1397〜1475) |
| 制作年 | 1435〜1460年ごろ(三部作) |
| 技法・素材 | 卵テンペラ・板 |
| サイズ | 各3メートルを超える横長の板 |
| 所蔵(本作) | ナショナル・ギャラリー(ロンドン) |
| 主題 | 1432年サン・ロマーノの戦い |
一言でいうと
《サン・ロマーノの戦い》は、実際の戦闘を主題にしていながら、血なまぐさい描写を一切排し、正確な輪郭線と遠近法によって、まるで子どもの夢の世界を思わせる幻想的な光景に仕立て上げた作品です。ウッチェロがこの絵に注ぎ込んだ執念にも似た遠近法への情熱が、画面のすみずみに息づいています。
制作背景
実際に起きた戦いを主題に
1432年6月1日、アルノ渓谷でフィレンツェ共和国軍とシエナ共和国軍が激突しました。フィレンツェ軍を率いたのはニッコロ・ダ・トレンティーノ、対するシエナ軍は、フィレンツェから離脱したばかりのベルナルディーノ・デラ・カルダが指揮を執っていました。戦況が不利になる局面もありながら、最終的にニッコロは勝利をおさめ、この功績によって英雄と見なされるようになります。翌年には両国のあいだで和解が成立しました。
フィレンツェの富豪からの依頼
本作は、フィレンツェの裕福なバルトリーニ・サリンベーニ家の依頼によって、1435年から1460年のあいだに制作されたと考えられています。15世紀にはすでに高い評価を受けており、のちにこの三部作の獲得を熱望したロレンツォ・デ・メディチが1点を購入し、残る2点をパラッツォ・メディチへ強引に移してしまったと伝えられています。
見どころ

世界に散らばった三部作
現在、三部作はそれぞれ異なる美術館に所蔵されています。本作(ニッコロ・ダ・トレンティーノが軍を率いる場面)はロンドンのナショナル・ギャラリーに、ウッチェロが唯一署名を残した中心的な構図の1点(ニッコロがベルナルディーノを打ち破る場面)はフィレンツェのウフィツィ美術館に、そしてミケロット・ダ・コティニョーラの反撃を描いた1点はパリのルーヴル美術館に収められています。美術史家のあいだでは、ロンドン、ウフィツィ、ルーヴルの順に制作されたという見解が一般的です。
一日の異なる時間帯を描き分けた三部作
興味深いことに、この3枚はそれぞれ異なる時間帯を表現している可能性が指摘されています。夜明け(ロンドン)、正午(フィレンツェ)、夕暮れ(ルーヴル)というように、8時間続いたとされるこの戦いの経過を、時間の推移とともに描き分けているのではないかという見方です。
執念にも似た遠近法への情熱
ウッチェロは遠近法の研究に熱狂的に打ち込み、昼夜を問わず幾何学的な図面に向き合い続けたと伝えられています。本作でも、地面に落ちた槍や兵士たちの武具、馬たちの姿勢に、この遠近法への執念がはっきりと表れています。
血なまぐささを感じさせない戦場
実際の戦闘を主題にしていながら、三部作のどの絵にも凄惨な場面は描かれていません。正確な輪郭線で人物や馬を描き分けながらも、画面全体はどこか夢想的な雰囲気に満ちており、ウッチェロが緻密な技術者であると同時に、夢見る気質も持ち合わせていたことがうかがえます。
実際に見るには
本作はイギリス・ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。同じ三部作の残る2点は、フィレンツェのウフィツィ美術館とパリのルーヴル美術館にそれぞれ所蔵されており、機会があれば3つの都市を巡って見比べることで、一日の時間の移ろいとともに描き分けられたこの壮大な連作の全体像を体感することができます。
よくある誤解
本作はしばしば「単なる写実的な戦争画」として紹介されがちですが、実際には血なまぐさい描写を意図的に排し、遠近法という当時最先端の技法を試すための実験の場としても機能していた作品です。また三部作でありながら現在は世界の3つの異なる美術館に分かれて所蔵されているため、1点だけを見て全体を判断してしまわないよう注意が必要です。
FAQ
Q. 《サン・ロマーノの戦い》はどんな出来事を描いていますか?
1432年、フィレンツェ共和国軍とシエナ共和国軍がアルノ渓谷で衝突した実際の戦いを描いています。
Q. なぜ三部作が異なる美術館に分かれているのですか?
ロレンツォ・デ・メディチが1点を購入し残る2点を強引に移して以降、所蔵者を転々とし、現在はロンドン、フィレンツェ、パリの各美術館にそれぞれ収められています。
Q. どの絵が最初に描かれたのですか?
美術史家のあいだでは、ロンドン、ウフィツィ、ルーヴルの順に制作されたという見解が一般的です。
Q. なぜ戦場なのに血なまぐさい描写がないのですか?
ウッチェロが遠近法という技法的な探求に強い関心を寄せ、写実的な残虐描写よりも幾何学的な構成美を優先したためと考えられています。
Q. 現在この絵はどこにありますか?
イギリス・ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。
まとめ
《サン・ロマーノの戦い》は、実際の戦闘を主題にしながら、遠近法という当時最先端の技法への情熱によって、夢のような幻想的な世界へと昇華させた作品です。世界の3つの美術館に分かれて所蔵される三部作を通して眺めることで、ウッチェロがこの一つの戦いにどれほど多角的な光を当てていたかが見えてきます。
