《夢魔》とは|フュースリが描いた金縛りの恐怖を徹底解説

《夢魔》(英:The Nightmare)は、スイス生まれでイギリスを拠点に活動した画家ヘンリー・フュースリ(ヨハン・ハインリヒ・フュースリ)が1781年に手がけた油彩画で、現在はアメリカのデトロイト美術館に所蔵されています。ベッドの上でぐったりと横たわる女性の胸に不気味な悪魔がうずくまり、その背後からは幽霊のような馬が顔をのぞかせるこの絵は、発表当初から大きな話題を呼び、美術史上もっとも有名なホラー絵画の一つとして知られています。この記事では、この絵に描かれた怪物たちの正体と、タイトルに隠された言葉遊びを見ていきます。

目次

《夢魔》とは — 基本情報

項目内容
作者ヘンリー・フュースリ(ヨハン・ハインリヒ・フュースリ、1741〜1825)
制作年1781年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ102×127cm
所蔵デトロイト美術館(アメリカ)
様式ロマン主義

一言でいうと

《夢魔》は、金縛りに襲われる恐怖という誰もが一度は経験しうる感覚を、悪魔と幽霊の馬という2つの不気味な存在によって視覚化した作品です。理性では説明のつかない夜の恐怖を、生々しい実感を伴って描き出しています。

制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

不合理なものへの関心が高まる時代

18世紀後半のヨーロッパでは、世紀末が近づくにつれて、理性では割り切れない不合理なもの、神秘的なものへの関心が高まっていきました。フュースリはミケランジェロの作品に強い影響を受けながら、ダンテの『神曲』やギリシア神話、シェイクスピア劇などから主題を得て、強い明暗のコントラストによる幻想的な絵画を数多く手がけた画家です。本作はそうした関心の高まりのなかで生まれた、彼の代表作にあたります。

発表直後の大反響

本作は1782年、ロイヤル・アカデミーの展覧会で発表されるとたちまち大きな評判を呼びました。あまりの人気ぶりに複製版画が数多く作られ、貴族の館にまで飾られるようになったと伝えられています。同時に、あまりに扇情的で衝撃的な内容から、当時の風刺画家たちによってパロディの題材にされることもありました。

見どころ徹底解説

女性の胸にうずくまる悪魔

画面の中心には、白い寝間着姿でのけぞるように横たわる女性が描かれています。その胸の上には、耳の尖った醜い姿の悪魔がどっしりと腰を下ろし、こちらをじっと見据えています。この悪魔は中世ヨーロッパの伝承に登場するインキュバス(夢魔)とされ、眠っている女性を襲う存在として古くから語り継がれてきました。

赤いカーテンから覗く幽霊の馬

背景の赤いカーテンの隙間からは、白く濁った目をした不気味な馬の頭部だけが姿を見せています。この馬の存在は、実は本作のタイトルそのものに関わる言葉遊びになっています。英語のnightmare(悪夢)という単語は、本来「夜」を意味するnightと、古い伝承に登場する人を窒息させる霊的存在を指すmareという語が組み合わさったものであり、この語源上のmareを、フュースリはそのまま実在の馬(mare、雌馬の意味も持つ単語)の姿に重ね合わせて視覚化しているのです。

エロティックで不安な余韻

上半身を大きくのけぞらせ、今にもベッドから落ちそうな女性の姿態には、恐怖だけでなくどこか官能的な緊張感も漂っています。彼女が眠っているのか、それとも意識を失っているのかも判然としないその曖昧さが、本作全体に漂う不穏な雰囲気をより一層強めています。

複数のバージョンが存在する作品

本作は非常に高い人気を博したため、フュースリ自身の手によって複数のバージョンが制作されています。デトロイト美術館のもの以外にも、フランクフルトのゲーテ博物館やニューヨークのヴァッサー・カレッジ美術館、個人蔵のものなど、油彩だけで複数のバリエーションが世界各地に伝えられています。フュースリは生涯を通じて、この夢魔というモティーフを主題にした作品を計5点手がけたとされています。

実際に見るには

本作はアメリカ・デトロイト美術館で展示されています。フランクフルトのゲーテ博物館やニューヨークのヴァッサー・カレッジ美術館にも別バージョンが所蔵されており、機会があれば見比べることで、フュースリが同じ主題をどのように描き分けていたかを確認することができます。

よくある誤解

本作はしばしば「単なる悪魔に襲われる女性を描いた怪奇画」として紹介されがちですが、実際には英語における「nightmare(悪夢)」という単語そのものの語源を視覚的に読み解く、言葉遊びとしての側面も持っています。馬の存在を単なる不気味な脇役として見過ごしてしまうと、この絵に込められた仕掛けの半分を見落としてしまうことになります。

FAQ

Q. 女性の胸の上に乗っている生き物は何ですか?
中世ヨーロッパの伝承に登場するインキュバス(夢魔)と呼ばれる悪魔で、眠っている女性を襲うとされる存在です。

Q. 背景に描かれた馬にはどんな意味がありますか?
英語のnightmare(悪夢)という単語の語源にある、人を窒息させる霊的存在「mare」を、実在の馬の姿に重ねて視覚化したものとされています。

Q. この絵は発表当初どのように受け止められましたか?
大きな評判を呼び、複製版画が数多く作られ貴族の館にまで飾られる一方、あまりの衝撃的な内容から風刺画のパロディにもされました。

Q. 同じ主題の別バージョンはありますか?
フランクフルトのゲーテ博物館やニューヨークのヴァッサー・カレッジ美術館など、油彩だけで複数のバージョンが世界各地に伝わっています。

Q. フュースリはどんな画家ですか?
スイス生まれでイギリスを拠点に活動したロマン主義の画家で、ミケランジェロやシェイクスピアなどから着想を得た幻想的な絵画を数多く手がけました。

まとめ

《夢魔》は、金縛りという誰もが経験しうる感覚を、悪魔と幽霊の馬という2つの存在によって視覚化した作品です。タイトルに秘められた言葉遊びまで踏まえて鑑賞すると、単なる恐怖を煽る絵にとどまらない、フュースリの緻密な仕掛けが見えてきます。

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