《ナンバー1、1950(ラベンダー・ミスト)》(英:Number 1, 1950 (Lavender Mist))は、アメリカの画家ジャクソン・ポロックが1950年に手がけた油彩画で、現在はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されています。床に広げたカンヴァスに絵具を垂らし、こぼし、浴びせかけて描く「ドリッピング」という独自の技法によって生み出されたこの作品は、抽象表現主義を代表する一枚として知られています。この記事では、この絵がどのように描かれたのか、そして「ラベンダー・ミスト」という副題がどこから来たのかを見ていきます。
《ナンバー1、1950(ラベンダー・ミスト)》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジャクソン・ポロック(1912〜1956) |
| 制作年 | 1950年 |
| 技法・素材 | 油彩・エナメル・アルミニウム絵具・カンヴァス |
| サイズ | 221×299.7cm |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.) |
| 様式 | 抽象表現主義(ドリップ・ペインティング) |
一言でいうと
《ナンバー1、1950(ラベンダー・ミスト)》は、ポロックが床に広げたカンヴァスの周りを歩き回りながら、絵具を垂らし飛び散らせることで生み出した作品です。制作という行為そのものが作品の一部になっているという点で、絵画の概念を大きく塗り替えました。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
床の上で生まれた新しい技法
1940年代末、ポロックは納屋を改装したアトリエの床いっぱいにカンヴァスを広げ、油絵具やエナメル、アルミニウム絵具を使い、筆や棒、乾いた刷毛の先から絵具を垂らしたりこぼしたり浴びせかけたりする独自の技法を確立しました。イーゼルに向かって描く従来の方法ではなく、カンヴァスを取り囲むようにして四方から作業できるこの方法について、ポロックは床の上にいるほうが安心でき、作品により近く、その一部であるように感じられると語っています。
数字だけのタイトル
ポロックは自らの作品にほとんど物語性を持つタイトルをつけず、「ナンバー」と番号だけで呼ぶことを好みました。具体的な意味や物語を鑑賞者に押し付けるのではなく、絵具そのもの、行為そのものを純粋に見てほしいという意図があったと考えられています。
見どころ徹底解説

「ラベンダー・ミスト」という副題の由来
本作の副題「ラベンダー・ミスト」は、ポロック自身ではなく、彼の画業を擁護し続けた美術批評家クレメント・グリーンバーグによって提案されたものです。しかし実際の画面には、ラベンダー色そのものの絵具は使われていません。白・黒・青・グレー・錆色がかったピンクなど、複雑に絡み合う絵具の層から生まれる淡い紫がかった靄のような効果を、グリーンバーグは「ラベンダー」という言葉で言い表そうとしたと考えられています。
制作という行為の痕跡
画面左上および上部には、ポロック自身の手形がはっきりと残されており、いわば彼の「署名」として機能しています。また画面のある部分には、制作中にくわえていたとみられる煙草の吸い殻が絵具のなかに閉じ込められています。こうした痕跡の数々は、この絵が完成された静的なイメージであると同時に、ポロックがその場でどのように身体を動かしたかを記録した行為の軌跡でもあることを物語っています。
「混沌ではない」という制作者の主張
一見すると無秩序に見える線の絡まりですが、ポロックはこの技法が単なる偶然の産物だと評されることに強く反発しました。絵具の流れは自分でコントロールできる、そこに偶然はないのだと主張し、批評家たちから「混沌そのものだ」と評されたことに対しては「断じて混沌などではない」と言い返したと伝えられています。批評家ハロルド・ローゼンバーグはこの制作スタイルを「アクション・ペインティング」と名付け、カンヴァスを画家が身体で行為する「場」として捉える見方を提示しました。
来歴 — ボストンでの落選とワシントンでの収蔵
本作は完成後、いったんボストン美術館への収蔵が検討されましたが、新任館長の意向のもとで理事会が購入を見送るという経緯をたどりました。その数週間後、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートがエイルサ・メロン・ブルース基金を通じて本作を購入し、1976年に同館のコレクションに加わっています。
実際に見るには
本作はアメリカ・ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アート東館、抽象表現主義の展示室で公開されています。縦221cm×横約300cmという大画面のため、実際に間近に立つことで、複製画像では伝わりにくい絵具の重なりと奥行きを体感することができます。
よくある誤解
本作はしばしば「誰にでも真似できる偶然の産物」として語られがちですが、実際にはポロック自身が絵具の流れを制御していたと明言しており、模倣作品の多くが単なる無秩序な線の集積に終わってしまうのに対し、本作には計算された密度とリズムがあると評価されています。またタイトルの「ラベンダー・ミスト」から実際にラベンダー色の絵具が使われていると誤解されがちですが、実際にはそのような絵具は使用されておらず、複数の色の重なりから生まれる視覚的な効果を批評家が言葉にしたものにすぎません。
FAQ
Q. なぜ「ラベンダー・ミスト」という副題がついているのですか?
批評家クレメント・グリーンバーグが、複雑に絡み合う絵具の層から生まれる紫がかった靄のような効果を表現するために提案した副題です。
Q. 実際にラベンダー色の絵具は使われていますか?
使われていません。白・黒・青・グレー・ピンクなどの絵具が重なり合うことで、ラベンダーのような色合いが視覚的に生まれています。
Q. ポロックはどのようにこの絵を描きましたか?
床に広げたカンヴァスの周りを歩き回りながら、筆や棒、刷毛の先から絵具を垂らしたりこぼしたり浴びせかけたりする「ドリッピング」の技法で描きました。
Q. 画面に残る手形や吸い殻には何の意味がありますか?
制作という行為そのものの痕跡であり、完成した静止画であると同時に、ポロックの身体の動きを記録した軌跡でもあることを示しています。
Q. この絵はどこに所蔵されていますか?
アメリカ・ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されています。
まとめ
《ナンバー1、1950(ラベンダー・ミスト)》は、床の上で絵具を垂らし飛び散らせるという独自の技法によって、絵画を完成されたイメージから制作という行為そのものへと転換させた作品です。「ラベンダー・ミスト」という詩的な副題の裏には、実際にはその色を使っていないという逸話が隠れており、この絵が視覚的な効果と言葉による解釈のあいだで、いかに豊かな余地を残しているかを物語っています。
