《デラウェア川を渡るワシントン》(英:Washington Crossing the Delaware)は、ドイツ系アメリカ人画家エマヌエル・ロイツェが1851年に手がけた油彩画で、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されています。アメリカ独立戦争中の1776年12月25日、ジョージ・ワシントンが大陸軍を率いてデラウェア川を渡った出来事を描いたこの絵は、アメリカ史のイメージを決定づけた一枚として広く知られています。この記事では、制作の背景と画面に込められた仕掛け、そして今もなお指摘され続ける歴史的な不正確さまで見ていきます。
《デラウェア川を渡るワシントン》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | エマヌエル・ロイツェ(1816〜1868) |
| 制作年 | 1851年(現存版) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 378.5×647cm |
| 所蔵 | メトロポリタン美術館(ニューヨーク) |
| 主題 | 1776年のデラウェア川渡河 |
一言でいうと
《デラウェア川を渡るワシントン》は、アメリカ独立戦争の実際の出来事を土台にしながらも、劇的な光と英雄的な構図によって「記憶される物語」へと作り替えた絵画です。歴史的な正確さよりも、見る者の心を奮い立たせる象徴性が優先されています。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
ヨーロッパの改革者を鼓舞するために
ドイツ生まれのロイツェはアメリカで育ったのち、成人してドイツに戻り、1848年革命の最中に本作の着想を得ました。アメリカの独立という主題を通じて、当時ヨーロッパで革新を目指していた改革者たちを勇気づけたいという思いから、アメリカ人観光客や美術学生をモデルや助手に起用しながら、1850年に最初の版を完成させています。
最初の作品の焼失、そして現存版の完成
最初の版は完成直後、アトリエの火災によって損傷しました。修復を経てブレーメン美術館に買い上げられましたが、第二次世界大戦中の1942年、イギリス空軍の空襲によって失われています。現在私たちが目にしている版は、最初の作品を原寸大で写した2作目にあたり、1850年から制作が始まり1851年10月にニューヨークで公開されました。5万人以上が鑑賞に訪れたと伝えられ、実業家マーシャル・O・ロバーツが当時としては破格の1万ドルで購入したのち、所有者を転々とし、最終的に1897年にメトロポリタン美術館へ寄贈されています。
見どころ徹底解説

光と色彩の演出
画面全体は夜明けを思わせる暗い色調でまとめられていますが、そのなかに赤い色彩が繰り返し配置され、絵全体を引き締めています。ワシントン将軍の姿は不自然なほど明るい空を背景に強調され、その顔は昇りゆく太陽をとらえるように描かれています。短縮遠近法を用いることで、遠くに見える別の船が奥行きを生み出し、ワシントンの乗る船が画面の中心として際立つ構成になっています。
船に乗る人々が象徴するもの
船に乗る人物たちは、当時のアメリカ植民地社会の縮図として描かれています。スコットランド風の帽子をかぶった男性、船首近くに並んで後方を向くアフリカ系の子孫とみられる人物、船首と船尾に立つ西部のライフル銃兵、頭に包帯を巻いた農夫を含む2人の農民、そして男性用の服を着ているとも解釈される赤いシャツ姿の中性的な漕ぎ手など、多様な出自の人々が一つの船に乗り合わせています。船尾近くにはインディアンとみられる人物の姿もあり、独立という理念のもとに多様な人々が結集する様子が視覚化されています。なお、ワシントンの背後で旗を掲げているのは、のちに大統領となるジェームズ・モンロー中尉です。
しばしば指摘される歴史的不正確さ
本作にはたびたび議論される点として、描かれている星条旗の意匠がこの渡河の時点ではまだ存在していなかったことが挙げられます。現在の星条旗のデザインが正式に定められたのは1777年6月であり、1776年末のこの出来事より後のことです。史実に忠実であれば、この場面で掲げられていたのはワシントン自身が同年1月にマサチューセッツ州ケンブリッジで掲揚したグランド・ユニオン旗だったはずです。
このほかにも、実際の渡河は真夜中に行われたにもかかわらず画面には自然光が描かれていること、川の様子がデラウェア川というよりロイツェの故郷を流れるライン川を思わせる氷塊で覆われていること、実際の川幅よりも広く描かれていること、渡河中は雨が降っていたこと、馬は船で運ばれなかったことなど、複数の史実との相違が指摘されています。歴史家デイビッド・ハケット・フィッシャーは、ワシントンが座っていたはずだとする従来の見方に対し、船底にたまる氷混じりの水を避けるため全員が立っていた可能性を指摘しています。また、実際の渡河部隊に女性はいなかったとされ、画面に描かれた赤い服の女性は史実というより、演出上の効果を狙って加えられたと考えられています。
後世への影響
本作は数々の後続作品に影響を与えています。画家ウィリアム・H・パウェルは、米英戦争のエリー湖の戦いを描いた作品で本作から着想を得ており、船上で指揮を執る人物の構図やモチーフに共通点が見られます。またロイツェ自身も、本作の姉妹作として《モンマスで部隊を鼓舞するワシントン》を手がけています。20世紀にはポップアーティストのラリー・リバースが独自の《デラウェア川を渡るワシントン》を制作し、現在ニューヨーク近代美術館に所蔵されているほか、画家グラント・ウッドが《革命の娘たち》のなかで本作の図像を直接引用しています。
実際に見るには
本作はアメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館で常設展示されています。原画にはさまざまな模写が存在し、そのうちの一つはホワイトハウスのウエストウイング受付にも飾られています。7メートル近い横幅を持つ大画面のため、実物では船に乗る人物一人ひとりの表情まで確認しながら鑑賞することができます。
よくある誤解
本作はしばしば「渡河の様子を忠実に記録した歴史画」として紹介されますが、実際には旗の意匠や川の氷の形状、天候、乗船者の姿勢など、複数の点で史実とは異なる演出が加えられています。画家ロイツェの狙いは正確な記録ではなく、独立戦争という出来事を象徴的かつ英雄的に伝えることにあったと理解するのが適切です。
FAQ
Q. なぜロイツェはこの絵を描いたのですか?
1848年革命のさなか、アメリカの独立を題材にしてヨーロッパの改革者たちを鼓舞したいという思いから制作を思い立ったとされています。
Q. 現存する作品は最初に描かれたものですか?
異なります。最初の版は第二次世界大戦中の空襲で失われており、現在メトロポリタン美術館にあるのは原寸大の写しとして制作された2作目です。
Q. 描かれている旗には何か問題がありますか?
渡河の時点ではまだ制定されていなかった星条旗のデザインが描かれており、しばしば歴史的な不正確さとして指摘されています。
Q. ワシントンの後ろで旗を持っている人物は誰ですか?
のちにアメリカ大統領となるジェームズ・モンロー中尉です。
Q. 船に乗っている人々にはどんな意味がありますか?
多様な出自の人々が一つの船に乗り合わせる構図によって、独立という理念のもとに結集したアメリカ植民地社会の縮図が表現されています。
まとめ
《デラウェア川を渡るワシントン》は、史実の細部よりも独立という理念そのものを象徴的に描き出すことを優先した作品です。歴史的な不正確さが数多く指摘されながらも、その劇的な構図と光の演出は、アメリカ史における記憶のイメージそのものを形作ってきました。
