ワシントンのフリーア美術館、あの有名な「孔雀の間」の暖炉の上に掛けられた1枚の肖像画がある。《磁器の国の姫君(英:Rose and Silver: The Princess from the Land of Porcelain)》と題されたこの絵は、アメリカ生まれの画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーが1860年代に手がけたもので、東洋への熱狂に沸いた当時のイギリス社交界を巻き込みながら、思わぬ因縁とともに現在の場所へたどり着いた作品だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834〜1903) |
| 制作年 | 1863〜1865年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 201.5×116.1cm |
| 所蔵 | フリーア美術館(ワシントンD.C.) |
モデルはアングロ・ギリシャの美女
画面の女性は、当時「あらゆる画家がこぞって描きたがった」と評されたアングロ・ギリシャ系の美女、クリスティーヌ・スパルタリである。彼女はラファエル前派の画家として知られるマリー・スパルタリ・スティルマンの姉妹にあたる人物で、その父親が本作を注文したとされている。ところが完成した絵を見た父親は、結局これを買い取ることはなかった。画面左上に大きく書き込まれたホイッスラーの署名の存在感が、購入をためらわせた一因だったとも言われている。
買い手のつかなかった絵の行方
1865年、批評家ギュスターヴ・ヴァティエはこの絵を、展示するにはまだ練り込みが足りない未完成なものと評したと伝えられている。買い手のつかないまま、絵はしばらくのあいだ画家仲間のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのアトリエに置かれるなど、持ち主を転々とすることになった。
この絵にようやく安住の地を与えたのが、裕福な海運業者フレデリック・レイランドである。彼は自邸の一室を、収集していた中国の磁器を飾るための空間として建築家トーマス・ジェキルに設計させており、そこにこの絵を掛けることを望んだ。しかし新たに手に入れた絵と、既存の室内装飾との相性にレイランドが満足せず、改修をホイッスラーに依頼したことから、両者のあいだで有名な確執が生まれることになる。この改修の結果生まれたのが、現在「孔雀の間」として知られる、ホイッスラーの代表的な室内装飾作品である。
1892年にレイランドが没すると、邸宅とともに磁器の収集品は競売にかけられて散逸した。その後1903年、アメリカの実業家チャールズ・ラング・フリーアがこの絵と孔雀の間一式を買い取り、現在はワシントンD.C.のフリーア美術館において、当時と同じくこの絵が暖炉の上に掛けられる形で再現・展示されている。
西洋の女性がまとう東洋の衣

19世紀半ばのイギリスでは、日本や中国の美術品への熱狂、いわゆるジャポニスムが画壇を席巻していた。ホイッスラーもその只中にいた1人で、本作はまさにその関心の産物と言える。描かれているのは西洋人女性でありながら、彼女がまとっているのは東アジア風の衣装であり、背景には屏風や磁器の壺、団扇といった東洋の調度品が並べられている。ホイッスラーはこの時期、西洋人女性を東洋の衣装や室内に置き換えて描く一連の作品を手がけており、《紫と金のカプリース第2番》などもその系譜に連なる。
屏風の前に立つ女性の姿
画面中央には、灰色がかった着物風の衣を身にまとい、桃色の羽織を肩から掛けた女性が、団扇を手にして立っている。彼女の背後には花鳥図の描かれた屏風が置かれ、その装飾的な模様が画面全体に奥行きと華やかさを添えている。
赤い帯と桃色の羽織の対比
腰に巻かれた鮮やかな赤い帯は、画面のなかでもひときわ強い色彩として目を引く。これと、体を包む淡い桃色の羽織との対比が、抑えた色調で統一されたこの絵に、絶妙なアクセントを与えている。
足元に広がる青と白の絨毯
画面下部には、青と白の模様を持つ絨毯が敷かれ、女性の足元を彩っている。この絨毯の柄もまた、屏風や女性の衣装と同様に東洋由来の意匠であり、画面全体を1つの「東洋趣味の室内」としてまとめ上げる役割を果たしている。
実際に見るには
本作はワシントンD.C.のフリーア美術館にある「孔雀の間」で見ることができる。この部屋自体がホイッスラーとレイランドの確執から生まれた作品であるため、本作単体としてだけでなく、部屋全体との関係のなかで鑑賞することで、この絵がなぜこれほど数奇な運命をたどったのかがより深く理解できる。
FAQ
Q. 《磁器の国の姫君》はどこで見られますか?
ワシントンD.C.のフリーア美術館、「孔雀の間」の暖炉の上に展示されている。
Q. モデルは誰ですか?
アングロ・ギリシャ系の美女クリスティーヌ・スパルタリで、ラファエル前派の画家マリー・スパルタリ・スティルマンの姉妹にあたる。
Q. なぜ依頼主は絵を買い取らなかったのですか?
はっきりした理由は定かではないが、画面に大きく書き込まれたホイッスラーの署名がその一因とされている。
Q. 「孔雀の間」とはどんな関係がありますか?
この絵を飾るための室内改修をめぐって画家と依頼主レイランドのあいだで確執が生まれ、その結果生まれたのが現在の「孔雀の間」である。
Q. この絵はどんな様式に位置づけられますか?
19世紀のイギリスで流行したジャポニスムの影響を受けた作品で、西洋人女性を東洋の衣装と室内で描くホイッスラーの一連の試みの1つとされる。
まとめ
依頼主にも買い取られず、画家仲間のアトリエを転々としたこの絵が、最終的に自分のためだけに作られた部屋に落ち着いたというのは、なんとも皮肉な巡り合わせだ。屏風と磁器に囲まれて立つ女性の姿は、19世紀のイギリスを覆った東洋趣味の熱狂そのものであり、この絵自身がたどった数奇な旅の記録でもある。
