エルミタージュ美術館にある《ブノアの聖母(伊:Madonna Benois、英:Benois Madonna)》は、レオナルド・ダ・ヴィンチが20代半ばで手がけた最初期の独立作とされる油彩画だ。長らく行方知れずとされていたこの絵が、20世紀初頭のロシアで思いがけない形で世に姿を現すまでの経緯と、幼子が手を伸ばす1輪の花に込められた意味について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519) |
| 制作年 | 1478〜1480年頃 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス(板から移し替え) |
| サイズ | 49.5×33cm |
| 所蔵 | エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク) |
ヴェロッキオから独立した最初の1枚
レオナルドは14歳の頃からフィレンツェの工房主アンドレア・デル・ヴェロッキオのもとで修業を積み、雑用係から始めて徒弟としての腕を磨いていった。1472年には画家組合から親方の資格を認められ、自身の工房も構えたが、その後もしばらくはヴェロッキオと共同で制作を続けている。本作は、彼が師から完全に独立して手がけた最初の作品と考えられており、レオナルド自身が1478年10月に着手したと記した2枚の聖母子像のうちの1枚とされる。もう1枚は現在ミュンヘンのアルテ・ピナコテークに所蔵されている《カーネーションの聖母》である。
200年近く行方が分からなかった絵
この絵の来歴は、レオナルド作品としてはやや異色の道をたどっている。18世紀末、ロシアの美術収集家アレクセイ・コルサコフによってイタリアからロシアへ持ち込まれたとされ、彼の死後は息子の手によってアストラハンの商人サポジニコフに1400ルーブルで売却された。その後、相続を通じて1880年にベノア家の所有となる。しかし、この間ずっと本作の真の作者は世に知られないままだった。
転機が訪れたのは1908年から1909年にかけてのこと。建築家レオンティ・ベノアが、義父の遺した収集品の一部としてこの絵をサンクトペテルブルクで公開したのである。当時の絵画部門の学芸員エルンスト・フォン・リプハルトがこれをレオナルドの真筆と見抜き、その帰属は程なく専門家のあいだで広く認められることになった。1914年、エルミタージュ美術館はベノア家からこの絵を買い取り、以来、同館の所蔵品となっている。「ブノアの聖母」という通称は、この最後の所有者一族の名に由来するものだ。
なお、板に描かれていたこの絵は、劣化への対処としてカンヴァスへと移し替えられており、その作業の過程で下絵の線が浮かび上がったことも記録されている。
幼子が見つめる1輪の花

画面には、まだ若々しい聖母マリアが、膝の上の幼子キリストに1輪の花を差し出す姿が描かれている。幼子は幼児らしい真剣な表情で、その花をつかもうと手を伸ばしている。この花はアブラナ科の植物とされ、4枚の花弁が十字を思わせる形をしていることから、後のキリストの受難を暗示する図像として読み解かれてきた。そのため本作は「花の聖母(Madonna and Child with Flowers)」という別名でも呼ばれている。
聖母子にかすかに残る光輪
2人の頭上には、ごく淡い光輪がわずかに描き込まれている。同じくレオナルドに帰属される《リッタの聖母》では光輪が完全に省かれているのに対し、本作にはその名残がとどめられている点が、両作の見比べどころの1つになっている。
理想化されない聖母の顔立ち
聖母の顔立ちは、当時の宗教画に多く見られた理想化された美とは一線を画しており、実在のモデルを写し取ったような、やや素朴な表情で描かれている。同時代のフィレンツェ風の衣装と髪型をまとった彼女の姿は、宗教的な奇跡の場面というより、母子のありふれた戯れの一場面のようにも見える。
窓から差し込む柔らかな光
背後の装飾的な窓からは、柔らかな光が室内に差し込み、母子の姿に穏やかな陰影を与えている。この光と影の扱いには、レオナルドが後年きわめた明暗表現(キアロスクーロ)の萌芽がすでに現れているとされる。
実際に見るには
本作はエルミタージュ美術館本館1階、レオナルド・ダ・ヴィンチの間として知られる第214室に展示されている。同じ部屋には《リッタの聖母》も並んで展示されており、光輪の有無や画面の色調、母子の距離感の違いなどを、実際に見比べながら鑑賞することができる。
よくこの絵をめぐって語られること
本作の構図は当時から高く評価され、多くの画家によって模写や翻案が試みられた。とりわけラファエロが手がけた《カーネーションの聖母》(2004年にロンドン・ナショナル・ギャラリーが取得)は、本作の構図を色濃く受け継いだ作品として知られている。長らく所在不明とされていた作品が、19世紀を通じてロシアの個人収集家の手を転々としながら生き延び、20世紀に入ってようやく美術史の表舞台に戻ってきたという経緯自体が、この絵にまつわる語りどころの1つになっている。
FAQ
Q. 《ブノアの聖母》はどこで見られますか?
エルミタージュ美術館、第214室(レオナルド・ダ・ヴィンチの間)に展示されている。
Q. なぜ「ブノア」という名前がついているのですか?
1914年にこの絵をエルミタージュへ売却した、最後の所有者ベノア家の名にちなむ。
Q. 幼子が持っている花には意味がありますか?
アブラナ科の花とされ、4枚の花弁が十字を暗示し、キリストの受難を予告する図像と考えられている。
Q. 《リッタの聖母》とはどう違いますか?
本作には淡い光輪が残るのに対し、《リッタの聖母》には光輪がない点などが異なる。両作ともエルミタージュの同じ部屋に展示されている。
Q. なぜ長く行方が分からなかったのですか?
18世紀末にロシアへ渡って以降、個人収集家の手を転々とし、1908〜09年に公開されるまで作者が広く知られていなかったためである。
まとめ
《ブノアの聖母》は、レオナルドが師ヴェロッキオから独立して初めて手がけたとされる、若さゆえの瑞々しさを残した1枚だ。幼子が伸ばす1輪の花には受難への予兆が込められながらも、画面全体からは理想化を拒んだ、ごくありふれた母子の戯れの気配が漂っている。200年近い沈黙を経てこの絵が再び光を浴びたという経緯そのものが、いまなお本作の魅力の一部になっている。
