《馬車と列車の走る風景》(別名:雨あがりのオーヴェールの風景)は、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホが1890年6月、フランス北部のオーヴェル=シュル=オワーズで手がけた油彩画で、現在はモスクワのプーシキン美術館に所蔵されています。高台から見下ろす農村風景のなかに、馬車と蒸気機関車という異なる時代の乗り物を同居させたこの作品は、ゴッホが最晩年に過ごした2か月あまりの充実した創作期を伝える一枚です。この記事では、この絵に描かれた新旧の対比と、オーヴェル時代のゴッホがどのような日々を送っていたのかを見ていきます。
《馬車と列車の走る風景》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890) |
| 制作年 | 1890年6月(オーヴェル=シュル=オワーズ) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 72×90cm |
| 所蔵 | プーシキン美術館(モスクワ) |
| 別名 | 『雨あがりのオーヴェールの風景』『背景に馬車と列車のある風景』 |
一言でいうと
《馬車と列車の走る風景》は、ゆっくりと道を進む馬車と、蒸気を上げて走る列車という、まったく異なる速度で動く2つの乗り物を同じ画面のなかに収めた作品です。高台から見下ろす広々とした構図によって、農村の日常と近代化の波が同時に描き出されています。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
ガシェ医師を頼ったオーヴェル移住
1890年5月、体調が回復したゴッホは、画家ピサロと親しい医師ポール・ガシェを頼って、パリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズへ移り住みました。パリ北駅から30キロあまり離れたこの農村を訪れたゴッホは、ガシェ医師について、非常に神経質でとても変わった人物だが、体格の面でも精神的な面でも自分にとても似ており、まるで新しい兄弟のように感じ、まさに友人を見出した思いだと妹ヴィルへの手紙に書き記しています。ゴッホは村役場広場にあるラヴー旅館の屋根裏部屋に滞在し、この地で50点の素描と74点の油彩画という驚くべき数の作品を生み出しました。本作もこの充実した創作期に手がけられた1点です。
見どころ徹底解説

高台から見下ろす広々とした構図
画面には、緑と黄色のパッチワークのような畑が幾重にも連なり、その先に村の家々や丘陵が広がる様子が、高い視点から見下ろすように描かれています。手前に配された赤い花や畝の連なりが、奥行きのある空間表現を引き立てています。
対照的な2つの乗り物
画面中央には馬に引かれた馬車がゆっくりと道を進み、その奥には蒸気を上げながら走る列車の姿が描かれています。ゆったりとした馬車の速度と、力強く煙を吐きながら疾走する列車という対照的な2つの動きが、同じ画面のなかに違和感なく共存しています。当時急速に広がりつつあった鉄道網と、昔ながらの馬車という交通手段が同居するこの光景は、近代化の波が農村にも押し寄せつつあった時代の空気をそのまま伝えています。
赤い屋根の家並み
画面右手には、赤い屋根を持つ家々が連なる様子が描かれ、素朴な農村の生活感を伝えています。丁寧に描き込まれた窓や壁の色彩からは、ゴッホがこの土地の日常風景に強い愛着を抱いていたことがうかがえます。
実際に見るには
本作はロシア・モスクワのプーシキン美術館に所蔵されています。同じオーヴェル時代に制作された関連作品として、『白い家のあるオーヴェルの麦畑』はフィリップス・コレクションに、『夜の白い家』はエルミタージュ美術館に、『オーヴェルの教会』はオルセー美術館にそれぞれ所蔵されており、あわせて鑑賞することで、ゴッホがこの短い期間にどれほど多彩な風景を描き続けていたかを知ることができます。
よくある誤解
本作はしばしば「単なる牧歌的な農村風景」として紹介されがちですが、実際には馬車と列車という新旧の交通手段を同じ画面に描き込むことで、近代化しつつあった当時のフランスの農村の姿を巧みにとらえています。ゴッホの最晩年というと悲劇的な側面ばかりが強調されがちですが、オーヴェル時代の彼はこうした充実した創作活動を精力的に続けていたことも忘れてはならない点です。
FAQ
Q. 《馬車と列車の走る風景》はどこで描かれましたか?
パリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズで、1890年6月に描かれました。
Q. なぜ馬車と列車が同じ画面に描かれているのですか?
昔ながらの交通手段である馬車と、当時急速に広がりつつあった鉄道という、新旧の乗り物が同居する農村の姿をとらえるためと考えられています。
Q. ゴッホはこの時期どこに滞在していましたか?
村役場広場にあるラヴー旅館の屋根裏部屋に滞在していました。
Q. オーヴェル滞在中にどれくらいの作品を制作しましたか?
わずか2か月あまりのあいだに、50点の素描と74点の油彩画を制作しています。
Q. 現在はどこに所蔵されていますか?
ロシア・モスクワのプーシキン美術館に所蔵されています。
まとめ
《馬車と列車の走る風景》は、ゆっくりと進む馬車と勢いよく走る列車という対照的な乗り物を通じて、近代化の波が押し寄せつつあった農村の姿をとらえた作品です。オーヴェルで過ごしたわずか2か月あまりのあいだに驚くほど多くの作品を生み出したゴッホの、旺盛な創作意欲がこの一枚にも表れています。
