《ドービニーの庭》(1890年)は、フィンセント・ファン・ゴッホが亡くなる数週間前、フランス北部のオーヴェール=シュル=オワーズで描いた油彩画です。広島市のひろしま美術館が所蔵し、同館のコレクションを代表する一枚として知られています。敬愛した画家ドービニーの庭を描いた穏やかな風景ですが、科学調査によって、画面からは消えた黒猫の存在が明らかになりました。
基本情報

作者はフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)、制作年は1890年。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは53.2×103.5cmです。縦と横の比がほぼ1対2になる横長の画面は、オーヴェール時代のゴッホが好んだ形式でした。所蔵は、1978年に「愛とやすらぎのために」をテーマに開館したひろしま美術館です。
制作背景|オーヴェールでの最後の日々
1890年5月、ゴッホは南仏サン=レミの療養院を出て、パリ近郊の村オーヴェール=シュル=オワーズに移りました。パリより静かで、弟テオにも近い土地です。ここは多くの画家が足跡を残した村でもあり、ピサロやセザンヌも制作していました。
ゴッホが特に敬愛していたバルビゾン派の風景画家シャルル=フランソワ・ドービニー(1817〜78)も、1860年ごろからこの村に住んでいました。ゴッホが到着したとき、邸宅にはまだドービニーの未亡人が暮らしていて、広い庭は、ゴッホが何度も描く題材になります。それから約2か月後の7月29日、ゴッホは世を去りました。ひろしま美術館が所蔵する本作は、その数週間前に描かれたものです。亡くなる直前の作品とは思えないほど、庭の情景は静かで、光に満ちています。
同じ庭を描いた三つの作品
ゴッホは同じ庭を、複数の画面で描いています。大きな横長のものとしては、スイスのバーゼル美術館に長期貸与されている作品と、本作の二点が知られています。ほかにアムステルダムのファン・ゴッホ美術館に、庭の一部だけを切り取った習作があり、全体で三点が「ドービニーの庭」の名で呼ばれています。
バーゼルの作品は、同じ構図の最初の作とされ、手前に黒猫が描かれています。それに対して本作では、その猫が見当たりません。この庭を描く企てがゴッホの頭を離れなかったことは、亡くなる直前の手紙からもうかがえます。弟テオに宛てた手紙で、オーヴェールに来て以来ずっと心に抱いていた絵だと語っているのです。

見どころ|X線が見つけた黒猫
本作の興味深い点は、科学調査で隠れた猫が見つかったことです。X線分析顕微鏡による元素マッピングの結果、画面にはもともと、クロムイエローとプルシャンブルーを混ぜた緑青色の「黒猫」が描かれていたことが分かりました。しかも、その猫はカンヴァスに直接描かれていました。バーゼルの作品に猫が描かれていることとも符合する発見です。
現在の画面に猫の姿はなく、描かれた痕跡は、肉眼では見えない絵具の層の下にだけ残っています。完成した風景を眺めていると、描かれては消えた小さな生き物の存在が、かえって気になってきます。
見どころ|うねる筆致の庭

画面は、手前から奥へゆるやかにせり上がるように広がっています。手前の草地には、白や淡い黄色の短い筆致が点々と散りばめられ、白い花の茂みが光を集めています。左手では大きな樹木が濃い緑の筆致を渦のように重ね、画面に強い動きを与えています。左手前には、淡い青灰色の大きなかたまりが広がり、周囲の緑の中で目を引きます。
中景には、木陰のベンチらしき青緑の形と、黒っぽい服の小さな人物が見えます。その奥には、白い壁の邸宅が横に長く広がり、右手奥には、黄緑色の塔を持つ建物が顔をのぞかせています。空は淡い青で、庭の濃い緑と対照をなしています。
晩年のゴッホといえば、激しいうねりを帯びた作品を思い浮かべがちです。しかし本作の庭は、あたたかく落ち着いた調子に包まれています。短い筆致がひとつひとつ独立しながら、全体としては、風にそよぐ草木の気配を伝えています。
評価と影響
《ドービニーの庭》は、ゴッホが最後の日々に残した作品群の中でも、静けさと明るさで際立つ一枚です。尊敬した画家の庭を描くという行為には、先達への敬意が込められています。日本で見られる数少ないゴッホの主要作として、ひろしま美術館の常設展示の中心に据えられ、多くの来館者に親しまれてきました。
まとめ
《ドービニーの庭》は、画家の死の直前に描かれた穏やかな庭の風景です。その下には、かつて描かれ、のちに消えた黒猫が眠っていました。完成した画面と、見えなくなった画面。ふたつの層が重なっていることが、この絵をいっそう奥深いものにしています。


