《雨のアベニュー》とは|参戦前夜、旗が語ったアメリカの気分を追う

雨に濡れた通りの上空を、無数の星条旗が覆い尽くしています。旗の朱と藍の色が、通りを行く傘の群れにまで反射し、街全体が国旗そのものになったかのようです。《雨のアベニュー》(1917年)は、アメリカ印象派を代表する画家フレデリック・チャイルド・ハッサムによる油彩画で、ワシントンのホワイトハウス・コレクションが所蔵しています。第一次世界大戦への参戦をめぐって世論が揺れ動いていた時期に描かれた、愛国心と都市の風景が溶け合う一枚です。

目次

基本情報

作者:フレデリック・チャイルド・ハッサム(1859〜1935)
制作年:1917年2月
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約42×22.25インチ(約106.7×56.5cm)
所蔵:ホワイトハウス・コレクション(ワシントンD.C.)
連作:「旗の連作」(1916〜1919年に約30点を制作)
描かれた場所:ニューヨーク、フィフス・アヴェニュー

一言でいうと

《雨のアベニュー》は、雨に濡れたフィフス・アヴェニューを埋め尽くすように掲げられた星条旗と、傘をさして行き交う人々の姿を描いた作品です。旗は画面の枠の外、見えない場所から突き出すように描かれており、画面の四分の一近くを占めるその存在感が、絵そのものを一枚の巨大な旗のように見せています。

制作背景

ハッサムがこの連作に着手するきっかけとなったのは、1916年にフィフス・アヴェニューで行われた「戦備促進デー」のパレードでした。13時間にも及んだこの行進には、労働者から母親、教師、実業家、医師まで13万7千人が参加したと伝えられています。ハッサム自身は後年、この時アヴェニューを見上げて、翻る旗の見事さに心を打たれたことが、旗を主題にした連作を描くきっかけになったと語っています。

この《雨のアベニュー》が描かれたのは1917年2月、まさにアメリカが第一次世界大戦への参戦を目前に控えた時期でした。前月にはドイツが中立国の船舶(アメリカの船を含む)に対する無制限潜水艦作戦を再開しており、同じ2月末にはドイツがメキシコに同盟を持ちかけたとされる「ツィンメルマン電報」の存在も公になっています。ウィルソン大統領は同年1月22日、「勝利なき平和」演説を行い、妥協的な和平への望みを表明していましたが、世論は徐々に参戦へと傾いていきました。アメリカが正式にドイツへ宣戦を布告したのは、この絵の完成からわずか2か月後、同年4月6日のことです。

見どころ

枠を突き破る旗の構図

この絵の最大の特徴は、旗が画面の枠の外側、見えない支柱から突き出すように描かれている点です。旗はまるで絵そのものの表面を覆い尽くすかのように配置されており、縦に細長い「吊るされた」ような画面形式そのものが、旗の形を暗示しています。

雨に濡れた路面の反射

画面下部には、傘をさして歩く人々の姿が、雨に濡れた石畳に淡く反射しながら描かれています。印象派特有の柔らかい筆致によって、旗の鮮やかな色彩と、路面の落ち着いた青みがかった色調とが、絶妙な対比を作り出しています。

パリで見た祝祭の記憶

ハッサムがこうした旗で飾られた街路という主題に惹かれた背景には、若き日にパリで過ごした経験があったとも考えられています。彼はかつて、モネが1878年に手がけた、フランス革命記念日を祝う旗で飾られた通りの連作(モントルグイユ通り、サン=ドニ通り)に触れており、そうした記憶がこの旗の連作にも反映されているという見方があります。

評価と受容

《雨のアベニュー》は、ハッサムが1916年から1919年にかけて手がけた約30点の「旗の連作」の一つであり、ホワイトハウス歴史協会はこの連作を、ハッサムの画業における一つの到達点と評しています。この絵は現在、ホワイトハウスが所蔵する6点のハッサム作品の一つに数えられており、1963年にトマス・メロン・エヴァンズによって寄贈されました。当初はジョン・F・ケネディの寝室(青を基調とした部屋、現在は個人用の応接間)に飾られていたと伝えられており、以後も複数の大統領のもとでホワイトハウスやオーバルオフィスに飾られる、広く知られた作品となっています。

よくある誤解

誤解①「この絵はアメリカの戦勝を祝って描かれた作品である」→ 実際は参戦前、世論が揺れ動いていた時期に描かれている
勝利を祝う祝祭画のように見えますが、実際にはこの絵が描かれた1917年2月はアメリカがまだ参戦する前の時期であり、世論が孤立主義から参戦へと傾いていく緊張感の中で制作されています。

誤解②「画面の旗はすべて画面内の柱に固定されている」→ 実際は画面の外、見えない支柱から突き出すように描かれている
旗竿がどこかに描き込まれていると思われがちですが、実際には旗は画面の枠の外側から差し込むように配置されており、その支えとなる柱や建物は意図的に描かれていません。

FAQ

Q. 《雨のアベニュー》とはどんな作品ですか?
A. ハッサムが1917年2月に手がけた油彩画で、雨に濡れたニューヨークのフィフス・アヴェニューを埋め尽くす星条旗の光景を描いています。ホワイトハウス・コレクションが所蔵しています。

Q. なぜハッサムはこの旗の連作を描くようになったのですか?
A. 1916年にフィフス・アヴェニューで行われた大規模な戦備促進デーのパレードで、翻る旗の光景に強い印象を受けたことがきっかけになったと、ハッサム自身が語っています。

Q. この絵はどんな歴史的背景の中で描かれましたか?
A. アメリカが第一次世界大戦への参戦を目前に控え、ドイツの無制限潜水艦作戦の再開やツィンメルマン電報の発覚を経て、世論が参戦へと傾いていた1917年2月に描かれています。

Q. 《雨のアベニュー》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ワシントンD.C.のホワイトハウス・コレクションが所蔵しています。

まとめ

画面の枠さえも突き破るように描かれたこの旗の群れは、まだ参戦していなかったアメリカが抱えていた、期待と緊張が入り混じった空気をそのまま写し取っているように見えます。ハッサムが見上げたという一瞬の光景が、100年以上を経てなお大統領執務室の壁に掛けられ続けているという事実こそ、この絵が単なる都市風景を超えた意味を持ち続けていることの証なのでしょう。

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