フランドルとは|ディックスがナチス政権下で描いた最後の戦争画

《フランドル(独:Flandern、英:Flanders)》は、ドイツの画家オットー・ディックスが1934年から1936年にかけて手がけた油彩・テンペラ画で、現在はベルリンのノイエ・ナツィオナールガレリーに所蔵されている。泥と屍が渾然一体となった塹壕の跡地を描いたこの絵は、ディックスが第一次世界大戦を主題とした最後の作品とされている。今回はこの絵が生まれたナチス政権下という状況と、着想の源となった1冊の小説について見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者オットー・ディックス(1891〜1969)
制作年1934〜1936年
技法・素材油彩・テンペラ・カンヴァス
サイズ約200×250cm
所蔵ノイエ・ナツィオナールガレリー(ベルリン)

一言でいうと

かつて激戦地だったフランドルの野が、いまや泥と屍の見分けもつかない廃墟と化している。ナチスによって教職を追われた画家が、自らの戦争体験と一冊の小説を重ね合わせながら描いた、静けさと絶望に満ちた1枚。

制作背景

教職を追われたのちの制作

ディックスは第一次世界大戦に志願兵として従軍し、戦場での凄惨な体験をその後の作品の中心的な主題としてきた画家である。しかし1933年にナチスが政権を握ると、彼はドレスデン美術アカデミーの教授職を解任された。本作はその後、住まいを移したシンゲン近郊のランデッグにおいて、1934年から1936年にかけて制作された。

アンリ・バルビュスの小説『砲火』から

本作の着想の源となったのは、フランスの作家アンリ・バルビュスが1916年に発表した小説『砲火(仏:Le Feu、英:Under Fire)』、とりわけその最終章とされている。バルビュス自身が一兵卒として西部戦線に従軍した経験をもとに書かれたこの小説は、戦争を英雄的な物語としてではなく、生々しい現実として描いた最初期の作品の1つであり、1916年のゴンクール賞を受賞している。ディックスはこの小説が描き出した、戦闘の後に残される虚無と静寂の世界を、絵画として再構築しようと試みた。

フランドルという激戦地

タイトルの「フランドル」は、第一次世界大戦中に3度にわたる大規模な戦闘が繰り広げられたベルギー西部の地域を指している。かつて戦場だったこの土地は、本作が描かれた時点ではすでに瓦礫の野と化しており、ディックスはそこに横たわる兵士たちの姿を通じて、勝利や英雄性とは無縁な、戦争の後始末としての現実を描き出した。

反戦画家としての最後の到達点

本作は、ディックスが戦争を主題として手がけた一連の作品群の中でも、事実上最後の大作とされている。ナチス政権のもとで自身の作品がすでに危険視されつつあるなかで、それでもなお戦争の記憶を絵画として残そうとした姿勢が、この絵には色濃く反映されている。実際、1937年には彼の作品が「退廃芸術」の烙印を押されることになる。

見どころ

泥に沈む兵士たちの姿

画面手前には、複数の兵士たちが泥のなかに折り重なるように横たわっている。生きているのか、すでに事切れているのか判然としないその姿は、見る者にあえて曖昧なまま提示されており、戦争がもたらす消耗と無力感を静かに物語っている。

鉄兜と有刺鉄線に絡まる朽ちた木

画面中央には、鉄兜をかぶった兵士の頭部の傍らに、有刺鉄線が絡みついた朽ち木が立っている。かつての戦場を象徴するこの朽ちた木は、生命の痕跡と破壊の記憶とを同時に留める存在として描かれている。

血と灰に染まった空

画面上部に広がる空は、赤みを帯びた雲と灰色がかった雲が入り混じる、不穏な色調で塗られている。この空の色彩が、地上に横たわる兵士たちの流した血を暗示するかのように、画面全体に重苦しい空気を与えている。

遠景に広がる荒廃した大地

画面奥には、水没した窪地や朽ちた樹木が点在する、見渡す限りの荒れ果てた大地が広がっている。かつて激戦地だったこの土地全体を覆う静けさが、画面手前の兵士たちの姿と呼応しながら、戦争の後に残されたものの重みを伝えている。

実際に見るには

本作はベルリンのノイエ・ナツィオナールガレリーに所蔵されている。ディックスが第一次世界大戦を主題として手がけた他の代表作、たとえば銅版画集《戦争(デア・クリーク)》や三連画《戦争》は、それぞれベルリン国立版画素描館やドレスデンのノイエ・マイスター絵画館に分かれて所蔵されており、あわせて見ることで彼が生涯を通じて追い続けたテーマの広がりを知ることができる。

よくある誤解

この絵はしばしば「戦闘の凄惨さそのものを描いた作品」として鑑賞されがちだが、実際に描かれているのは戦闘そのものではなく、すでに戦いが終わったあとの静寂と虚脱の光景である。派手な暴力の表現としてではなく、戦争が人間から力と意志を奪い去った、その後の姿として見ることで、この絵が持つ本来の意図がより見えてくる。

FAQ

Q. 《フランドル》はどこで見られますか?
ベルリンのノイエ・ナツィオナールガレリーに所蔵されている。

Q. この絵はいつ、どんな状況で描かれましたか?
1934年から1936年にかけて、ディックスがナチスによってドレスデン美術アカデミーの教授職を追われたのちに制作された。

Q. 「フランドル」とはどこを指していますか?
第一次世界大戦中に3度の大規模な戦闘が行われた、ベルギー西部の地域を指している。

Q. この絵の着想はどこから来ていますか?
アンリ・バルビュスの小説『砲火』、とりわけその最終章から着想を得たとされている。

Q. ディックスはどんな画家でしたか?
第一次世界大戦に従軍した経験をもとに、戦争の悲惨さを生涯にわたって描き続けたドイツの画家である。

まとめ

《フランドル》は、ナチス政権下で教職を追われた画家が、自らの戦争体験とアンリ・バルビュスの小説とを重ね合わせながら描いた、反戦画家ディックスの到達点というべき1枚だ。泥に沈む兵士たちの静けさのなかに、勝利や英雄性とはまったく無縁な、戦争の後始末としての現実が息づいている。

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