《バード・クラウド(英:Bird Cloud)》は、ドイツで活動したアメリカ生まれの画家ライオネル・ファイニンガーが1926年に手がけた油彩画で、現在はハーバード大学美術館群のブッシュ・ライジンガー美術館に所蔵されている。海辺の空に浮かぶ、鳥とも雲ともつかない光の塊を、鋭く交差する幾何学的な面によって描いたこの絵は、バウハウス時代のファイニンガーを代表する1枚とされている。今回はこの絵に息づくプリズムのような光の表現と、ファイニンガーがそこにたどり着くまでの画業について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ライオネル・ファイニンガー(1871〜1956) |
| 制作年 | 1926年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | ブッシュ・ライジンガー美術館(ハーバード大学美術館群、ケンブリッジ) |
一言でいうと
海辺の空に浮かぶ1羽の鳥、あるいは1つの雲。その形をキュビスムばりに鋭く分割された面と、そこから放射する光の筋によって描いてしまう。バウハウスの初代マイスターとして教壇に立ちながら、生涯を通じて船や空を描き続けた画家の、静かな到達点というべき1枚。
制作背景
パリでのキュビスムとの出会い
ニューヨーク生まれのファイニンガーは、1887年に音楽を学ぶ目的でドイツへ渡ったが、やがて画家となる道を選んだ。長らく風刺画家として活動していた彼の作風を大きく変えたのが、1911年のパリ滞在である。ここでキュビスムの作品群と、オルフィスムの画家ロベール・ドローネーの色彩表現に触れたことで、彼は半透明の面が交差し合うことでプリズムのような光の効果を生み出す、自身独自の様式を確立していった。この様式は「プロト・キュビスム的」とも評され、建築と船という2つの主題のなかでとりわけ豊かに展開されていくことになる。
バウハウス初代マイスターとして
1919年、ヴァルター・グロピウスに招かれたファイニンガーは、新設されたバウハウスの初代マイスターの1人となり、版画工房の責任者を務めた。彼が手がけた木版画《大聖堂》は、バウハウス設立宣言書の表紙を飾っている。バウハウスが1925年にデッサウへ移転した後、彼は正式な教職からは退いたものの、1933年に学校が閉鎖されるまで関係を保ち続けた。1924年には、カンディンスキー、クレー、ヤウレンスキーとともに展覧会グループ「青の四人組(ディ・ブラウエン・フィーア)」を結成している。
海と船という生涯のモチーフ
ファイニンガーの作品には大きく分けて2つの主題があり、1つは教会などの建築、もう1つは高く広がる空と帆船を描いた海景である。彼は1924年から1935年にかけて毎年夏をバルト海沿岸のドイープで過ごし、そこで数多くの海景画を制作した。本作《バード・クラウド》も、こうした海辺での観察から生まれた作品の1つと位置づけられる。
ナチス政権下での運命
1933年にナチスがバウハウスを閉鎖すると、ファイニンガーの作品はやがて「劣った芸術」の烙印を押されることになり、1937年の悪名高い「退廃芸術展」にも出品作家として名を連ねることになった。幸いにも彼はその前年、1936年にはすでにアメリカへ帰国しており、翌1937年に完全に活動の拠点をニューヨークへと移している。
見どころ

空に浮かぶ光の塊
画面上部には、白く輝く大きな塊が、直線的で鋭い面の集積として描かれている。鳥とも雲とも取れるこの形態が、タイトルの「バード・クラウド」という言葉通り、両者の境界を曖昧にしたまま画面の中心を占めている。
放射状に広がる光の筋
中心の塊からは、薄く塗られた白い直線状の筋が、扇のように四方へと放射している。この光の筋こそが、ファイニンガーがキュビスムから受け継いだ、半透明の面が交差することでプリズムのような効果を生む彼独自の技法を体現している。
青からグレーへと沈む空
画面の空は、上部の青色から水平線に近づくにつれて灰色へと沈んでいく、静かなグラデーションで塗られている。この抑えた色彩の移り変わりが、画面全体に張り詰めた静けさを与えている。
手前に広がる褐色の岸辺
画面下部には、薄い褐色の岸辺が奥から手前にかけて次第に濃さを増しながら広がっている。空の複雑な幾何学的構成とは対照的なこの単純な帯状の構図が、画面全体の安定感を支えている。
実際に見るには
本作はハーバード大学美術館群のブッシュ・ライジンガー美術館に所蔵されている。同館はドイツ語圏の近現代美術を専門とするコレクションで知られ、ファイニンガーの遺族から寄贈された作品も含め、彼の画業を通観できる作品群が収められている。
よくある誤解
この絵はしばしば「抽象的な幾何学模様の実験作」として単純に鑑賞されがちだが、実際にはバルト海沿岸での夏の滞在を通じてファイニンガーが繰り返し観察した、海と空という具体的な光景から生まれた作品である。単なる形態実験としてではなく、キュビスムから受け継いだ光の表現によって、鳥や雲という自然の一瞬の姿を捉え直そうとした試みとして見ることで、この絵の本来の意図がより見えてくる。
FAQ
Q. 《バード・クラウド》はどこで見られますか?
ハーバード大学美術館群のブッシュ・ライジンガー美術館に所蔵されている。
Q. この絵はいつ、どのような時期に描かれましたか?
1926年、ファイニンガーがバウハウスと関わりを保ちながら、夏をバルト海沿岸で過ごしていた時期に制作された。
Q. ファイニンガーの独自の様式はどこから来ていますか?
1911年のパリ滞在でキュビスムとロベール・ドローネーのオルフィスムに触れたことがきっかけとされる。
Q. ファイニンガーはバウハウスでどんな役割を担っていましたか?
1919年の開校時に招かれた初代マイスターの1人で、版画工房の責任者を務めた。
Q. ファイニンガーはナチス政権下でどうなりましたか?
作品が「退廃芸術」とみなされ1937年の展覧会に出品されたが、本人は前年の1936年にすでにアメリカへ帰国していた。
まとめ
《バード・クラウド》は、バルト海沿岸で繰り返し空と海を見つめ続けたファイニンガーが、キュビスムから受け継いだ光の表現によって、鳥とも雲ともつかない一瞬の姿を画面に定着させた1枚だ。鋭く交差する面と放射する光の筋のなかに、バウハウスの初代マイスターとして教壇に立ちながらも、生涯手放すことのなかった海への眼差しが息づいている。
