電気のプリズムとは|ドローネーが街灯に見た宇宙的な光

《電気のプリズム(仏:Prismes électriques、英:Electric Prisms)》は、ウクライナ出身の画家ソニア・ドローネーが1914年に手がけた油彩画で、現在はパリのポンピドゥー・センター内、国立近代美術館に所蔵されている。同心円状に広がる虹色の光の輪を組み合わせたこの絵は、彼女と夫ロベール・ドローネーが提唱した「シミュルタネイズム(同時主義)」を代表する1枚だ。今回はこの絵の着想となったパリの街灯という光景と、ソニアという画家がここに至るまでの数奇な経歴について見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者ソニア・ドローネー(1885〜1979)
制作年1914年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ250×250cm
所蔵国立近代美術館(ポンピドゥー・センター、パリ)

一言でいうと

パリの街角に灯った電気街灯の光を見て、それを同心円の色彩の重なりとして描いてしまう。単なる街の一情景のはずが、幾重にも広がる色の輪によって、宇宙的とすら呼べるスケール感を獲得してしまった1枚。

制作背景

サンミッシェル大通りで見た光

この絵の着想は、ソニアが夫ロベールとともにパリのサンミッシェル大通りを歩いていた際、新しく設置された電気街灯に出くわしたことにあるとされる。当時のパリでは、それまでのガス灯が徐々に明るい電気灯へと置き換えられている最中だった。光が地面や空間に落ちる際にプリズムや光輪のように歪んで広がる様子に強く心を動かされた二人は、その光の性質をそれぞれの作品のなかで再現しようと試みた。

シミュルタネイズムという概念

ソニアはこの絵について、色彩の同時対比という現象は電気照明と自然光が交錯する都市のいたるところで起きていると述べたとされる。原色と第二次色のコントラストを幾重にも重ね合わせることで、視覚的な振動と輝きを生み出すこの手法は、ロベールとともに彼女が追求した「シミュルタネイズム」の中心的な考え方であり、キュビスムと同時期に現れながらもより抽象度の高い「オルフィスム」という潮流の一翼を担うものだった。

詩人ブレーズ・サンドラールへの捧げもの

画面左下には、詩人ブレーズ・サンドラールの名を思わせる文字が書き込まれた小さな区画が配置されている。ソニアはサンドラールの詩『シベリア鉄道とフランスの少女ジャンヌの散文』の挿絵も手がけており、この絵にもその詩人への敬意が織り込まれているとされる。

サロン・デ・ザンデパンダンでの発表

本作は1914年のサロン・デ・ザンデパンダンに出品され、同時に夫ロベールが手がけた2作目の《回転木馬》とともに展示された。両作は画面の大きさや、都市生活とモダニズムの詩情を称えるという主題を共有しており、夫婦がこの時期並行して追求していた関心の重なりをうかがわせる。

ウクライナからパリへ

ソニアはウクライナのグラディジスクに生まれ、幼くして裕福な叔父アンリ・テルクに引き取られ、サンクトペテルブルクで育てられた。ドイツで絵画を学んだのち、1905年にパリへ移り住み、フォーヴィスムやゴーギャンの絵画といった前衛の潮流に触れている。画商ヴィルヘルム・ウーデと友好的な結婚をしたのもこの時期で、これはウーデが自身の同性愛を隠すため、そしてソニア自身がフランスに留まって制作を続けるための便宜的な結婚だったとされる。ウーデを介して若き画家ロベール・ドローネーと知り合い、1910年に彼と結婚した。

見どころ

中心に配置された虹色の同心円

画面上部には、白い中心から外側へと虹色に広がる同心円が2つ、大小の対をなすように配置されている。この円環状の構造こそが、電気の光が空間に放射する様子を象徴する、この絵の核となる要素である。

幾何学的に断片化された背景

画面全体は、円弧と直線的な区画によって細かく断片化されている。写実的な街の風景を再現するのではなく、光と色彩がぶつかり合う瞬間そのものを画面上に定着させようとするこの構成が、シミュルタネイズムの理念を体現している。

原色と補色の激しい対比

画面には赤と緑、青と橙といった補色同士が隣り合う形で頻繁に配置されている。この対比が視覚的な振動を生み出し、静止した画面でありながら光が明滅しているかのような印象を与えている。

画面左下の小さな文字の区画

画面左下には、周囲の抽象的な色面とは異なる、文字を思わせる小さな区画が控えめに描き込まれている。詩人サンドラールへの言及とされるこの部分が、抽象化された画面のなかに具体的な人物への献辞という側面を静かに添えている。

実際に見るには

本作はパリのポンピドゥー・センター内、国立近代美術館に所蔵されている。250×250cmという大きな画面は、実際に対面することで、複製図版では伝わりにくい光の重なりの迫力をより強く体感できる。

よくある誤解

この絵はしばしば「幾何学模様を用いた装飾的な抽象画」として単純に鑑賞されがちだが、実際にはパリの街に実際に灯った電気街灯という具体的な観察から出発し、色彩の同時対比という理論に基づいて構成された作品である。単なる模様としてではなく、都市に生まれた新しい光という現象そのものを絵画として捉え直そうとした試みとして見ることで、この絵の本来の意図がより見えてくる。

FAQ

Q. 《電気のプリズム》はどこで見られますか?
パリのポンピドゥー・センター内、国立近代美術館に所蔵されている。

Q. この絵は何をきっかけに描かれましたか?
ソニアが夫ロベールとともにサンミッシェル大通りで新設の電気街灯に出くわした経験がきっかけとされる。

Q. 「シミュルタネイズム」とはどんな考え方ですか?
色彩の同時対比によって視覚的な振動や輝きを生み出そうとする、ソニアとロベールが夫婦で追求した理論である。

Q. 画面左下の文字は何を表していますか?
詩人ブレーズ・サンドラールへの言及とされ、ソニアが挿絵を手がけた彼の詩作品との関わりが指摘されている。

Q. ソニア・ドローネーはどんな画家でしたか?
ウクライナに生まれ、パリでロベール・ドローネーと結婚し、シミュルタネイズムを夫婦で追求した抽象絵画の先駆者である。

まとめ

《電気のプリズム》は、パリの街角に灯った新しい電気照明という具体的な観察から出発しながら、幾重にも重なる色彩の同心円によって宇宙的なスケール感すら獲得してしまった1枚だ。ソニア・ドローネーが夫とともに追求したシミュルタネイズムという理論への確かな信念が、この輝く画面のなかに息づいている。

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