《花嫁の化粧》(1937年)は、アムリタ・シェール=ギルが、南インドの旅のあとに描いた、横長の大作です。婚礼を控えた若い花嫁が、床に座り、まわりの女性たちに髪を結われ、手のひらを染められています。装飾を抑えた土色の画面に、赤い壺と、人物たちの横顔が並び、儀式の場面でありながら、不思議なほど静かな空気が漂っています。
基本情報
作者はアムリタ・シェール=ギル(1913〜1941)、制作年は1937年4月です。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは縦88.8×横146cm。ニューデリーの国立近代美術館に所蔵されています。国立近代美術館の記録では、制作地はシムラで、画面の右下に「amrita Shergil april 1937」と、黒い絵具で署名と日付が入っています。原題は「Bride’s Toilet」で、日本語では《花嫁の支度》とも訳されます。
制作背景|南インドの旅のあとで
1937年、アムリタは、アジャンタとエローラの石窟寺院、そして南インドを旅しました。ここで見た壁画や彫刻は、彼女の画風を、大きく変えたとされます。国立近代美術館は、旅の結果、アムリタの視覚的な言語が、劇的に変化したと解説しています。
本作は、旅のあと、シムラに戻って描かれ、《ブラフマチャーリー》《市場へ向かう南インドの村人たち》とともに、「南インド三部作」を成します。同じ年の11月には、ラホールで開かれた個展に出品され、1,500ルピーの値がつけられていました。
見どころ|床に座る、五人の人物

画面には、五人の人物が、床に腰を下ろし、横一列に近い形で並んでいます。背景は、茶と黄土色が混ざった、無地に近い壁で、場所を示す家具や装飾は見当たりません。
中央やや左では、肌の明るい若い女性が、横顔を見せて座っています。上半身はあらわで、腰には、深い赤の布を巻いています。額には印があり、唇は赤く、長い髪は、背に流れています。ウィキペディアは、この女性を、題名の花嫁と見て、手のひらがヘンナで染められていると説明しています。画像でも、持ち上げた手のひらに、赤い色が見えます。
その左では、緑の袖なしの衣をつけた、肌の濃い女性が、花嫁の髪に手を添えています。右では、鼻飾りをつけ、ピンクの首飾りと、水玉模様の緑の衣を身にまとった女性が、小さな鉢を、花嫁のほうへ差し出しています。鉢のなかは白く、乳白色の液体のようです。奥には、年少の子が座り、右の端には、もう一人の子が、体を丸めて座っています。ウィキペディアは、花嫁のほかに、二人の女性と二人の子供が描かれていると記しています。
手前には、二つの大きな壺が置かれています。ひとつは、丸い腹に、模様の入った壺で、もうひとつは、首の長い瓶のような壺で、どちらも、強い赤橙色に塗られています。人物の衣や肌の、抑えた色調に対して、この赤が、画面の手前で、視線を引きつけます。
見どころ|アジャンタの記憶
人物の描き方には、アジャンタ壁画の影響が指摘されています。美術館の記録は、本作を、アジャンタの壁画の古典的な伝統に着想を得たものと説明し、大勢の人物を、豊かな色調で描き分けていると述べています。
また、研究者のディーパク・アナンタの指摘として、持ち上げた手と、開いた手のひらが、アジャンタの人物によく見られる特徴だという見方があります。肌の明るい花嫁と、肌の濃い付き人たちという配置も、アジャンタ壁画の構成に通じるとされ、インドの階級や人種の関係への目配せかもしれない、という解釈もあります。
ムガル絵画との関わりも、指摘されています。美術史家のヤショーダラ・ダルミアは、女性が身づくろいをする場面を、隠れた恋人が見ている、という宮廷の細密画の主題を引いたうえで、アムリタの花嫁は、見る人のほうを向き、静かな絶望をたたえている、と読んでいます。
評価と解釈
ウィキペディアは、本作が、インドと西洋の様式の融合であるとしたうえで、人物の顔は無表情で、色彩は豊かだと説明しています。アムリタが、女性たちの生活と、その苦難に、強い関心を持っていたことを示す作品とされます。
花嫁の表情の読み方は、解説により異なります。諦め、思索、静かな忍耐といった語で形容されますが、あえて曖昧に描かれているとする見方もあります。
まとめ
《花嫁の化粧》は、婚礼の支度という、華やかな場面を、感傷を抑えて描いた作品です。アジャンタとムガルの記憶を、西洋の油彩画の枠のなかに取り込み、床に座る女性たちの輪郭を、土色の画面に浮かび上がらせました。南インドの旅が、アムリタに何をもたらしたのかを、はっきりと示す一枚です。

