《受胎告知》(正式な題は《Ecce Ancilla Domini!(見よ、我は主のはしためなり)》、1849〜50年)は、イギリスの画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが、ラファエル前派の運動のなかで描いた、宗教画です。白い衣の天使が、白い百合の花を差し出し、粗末な寝台に座った赤い髪の少女マリアが、おびえるように、視線を落としています。部屋は、白と青と赤だけで、まとめられ、聖母は、神聖な存在というより、一人の若い女性として描かれています。ロンドンのテート・ブリテンが所蔵しています。
基本情報
作者はダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828〜1882)、制作年は1849〜50年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは、テートの記載で、縦72.4×横41.9cmです。画面の左下には、「DGR / March 1850」と、頭文字と日付が書かれています。テート・ブリテンに所蔵されています。
題の「Ecce Ancilla Domini!」は、ラテン語で、「見よ、主のはしためなり」という意味で、ルカによる福音書1章38節の、マリアの返答の言葉です。
制作の背景
ロセッティは、1848年に、ジョン・エヴァレット・ミレイや、ウィリアム・ホルマン・ハントらと、ラファエル前派兄弟団を結成しました。その初期の作品である、この絵は、初期ルネサンスの画家、ボッティチェリやフラ・アンジェリコに、着想を得たとされます(テート、ウィキアート)。
ロセッティの家庭は、非常に信仰深く、姉のマリアは、のちに修道女になり、妹のクリスティーナは、霊的な生活に傾いていきました。画家は、当初、18歳だった妹のクリスティーナと、弟のウィリアム・マイケルを、モデルに、制作を始めました。のちには、マリアの髪や、天使の姿のために、職業モデルを雇ったと、スマートヒストリーは説明しています。テートの解説は、赤毛のモデルを、マリアの頭のために探したことにも、触れています。
見どころ|画面の構成

画面の左では、天使ガブリエルが、白い長い衣をまとって、立っています。頭上には、金色の光輪が、浮かび、足もとには、炎のようなものが、揺れています。右手には、白い百合の花を持ち、左手を、掌を向けて、上げています。天使の横には、小さな白い鳩が、飛んでいます。テートの解説は、これが、聖霊の存在を示すと、述べています。
右側では、マリアが、簡素な寝台に、腰をかけています。長い赤い髪は、肩に垂れ、頭の後ろには、金色の光輪が、見えます。白い寝間着のような衣が、体にまとわり、片腕は、体を支えるように、寝台に置かれています。目は、天使のほうを、見るというより、不安げに、下へ向けられています。テートは、マリアが、眠りから起こされたように、ぎこちなく、低い寝台から起き上がる姿として描かれており、伝統的な、祈りや読書に没頭する聖母像と、異なると述べています。
背後には、青い布が、掛けられ、手前の右下には、百合の花を刺繍した、赤い布をかけた枠が、立っています。左の窓の外には、青い空と、細い木が、見えます。
色と象徴
テートの解説は、ロセッティが、意図的に、パレットを、白と三原色に、ほぼ限ったと述べています。白は、聖母の純潔と、天使が神の使いであることを、象徴するとされます。白い百合も、純潔の象徴です。
続編の構想
テートの解説は、聖母の死を描く、対の作品が、計画されたものの、描かれなかったと述べています。画面が、縦に細長いことは、そのためとする説もあります(ウィキアート)。
展示と受容
この絵は、1850年に、ナショナル・インスティテューション(ロンドン)で展示され、評価は、割れました(ウィキアート)。1886年に、テート・ギャラリー(現テート・ブリテン)が、購入しました。日本のウェブサイトの一つは、ラテン語の題が、「カトリック的」と批判されたため、のちに、英語の「Annunciation(受胎告知)」の名で紹介されるようになったと述べています(原典は、確認できていません)。
まとめ
《受胎告知》は、聖なる主題を、現実の、静かな室内に置き、聖母を、戸惑う一人の少女として描いた、ラファエル前派の初期の傑作です。白い画面のなかの、わずかな色の対比が、物語の緊張と、静けさを、同時に伝えています。
