《平和な王国》(1834年頃)は、アメリカのクエーカー教徒の画家エドワード・ヒックスが描いた、聖書の預言を絵にした作品です。ライオンと牛が並んで座り、虎、狼、羊、山羊、豹、熊などが、子どもたちとともに、穏やかに集まっています。画面の左奥には、ウィリアム・ペンが、先住民のレナペ族と、条約を結ぶ場面が、小さく描かれています。ヒックスが、生涯に何度も描いた、同じ主題の作品の一つで、ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アート(NGA)が所蔵しています。
基本情報
作者はエドワード・ヒックス(1780〜1849)、制作年は1834年頃です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは、NGAの記録で、縦74.5×横90.1cmです。NGAの所蔵番号は、サイトに記載がありません。エドガー・ウィリアム・ガービッシュと、バーニス・クライスラー・ガービッシュの遺贈(1980年)による、コレクションです。
主題|イザヤ書の預言
この絵の主題は、旧約聖書のイザヤ書11章6〜9節です。「狼は小羊とともに宿り、豹は子山羊とともに伏し、子牛と若獅子は、ともに育ち、小さな子どもがそれらを導く」といった内容で、救い主の到来する、平和な世界を描いています。ヒックスは、クエーカーの信仰に基づき、この預言を、ペンシルベニアの建国の理想と、結びつけました。
ヒックスとクエーカー
ヒックスは、ペンシルベニア州バックス郡の生まれで、看板や馬車の装飾を描く職人として出発し、のちに、クエーカー教徒の説教者になりました。1820年ごろから、この主題を描き始め、生涯で、数十点を残しました。数は、資料により異なり、英語版ウィキペディアは62点、ブリタニカは、現存するものが約25点で、描いたものは、100点ほどかもしれないと述べています。
この絵は、もともと、家族や友人のための、視覚的な説教として、描かれたものでした。NGAの記録によれば、この作品は、1834年に、ヒックスから、ペンシルベニア州スリー・タンズの、ジョゼフ・フォーク(1836年没)に、贈られました。
見どころ|画面の構成

画面の右側の三分の二を、動物と子どもたちが、占めています。最も大きな動物は、白い顔の、茶色い牛で、そのとなりには、淡い金色のたてがみを持つ、ライオンが座っています。ライオンの背のあたりに立つ子どもは、虎の肩に、腕を回しています。手前の下には、白いドレスに赤いマントの、幼い子どもと、白い布をまとった、もう一人の幼子が、手を差し伸べています。二人の前には、豹がいて、その鼻先に、子どもの手が、触れようとしています。周りには、狼、羊、山羊、熊、子牛たちが、静かに、寄り添っています。NGAは、動物と子どもたちの顔が、単純に描かれ、平らな、漫画のようにも見えると述べています。
画面の右端には、秋の色の葉をつけた、大きな木が、立っています。木の葉は、緑、赤茶、黄色で、描かれ、動物たちの上に、枝を広げています。
見どころ|左奥の条約
画面の左には、川に面した高台があり、八人の先住民と、八人のヨーロッパ系の男性たちが、向かい合っています。先住民は、羽根の頭飾りをつけ、前に二人がひざまずいています。男性たちは、三角帽と、長い上着を着ています。一人の男が、箱から、布を引き出して、掲げています。
これは、1682年ごろに、ペンシルベニアの創設者ウィリアム・ペンが、レナペ族と、友好の約束を交わしたという伝承を、描いたものです。ブルックリン美術館によれば、この場面は、ベンジャミン・ウェストの絵《ペンと先住民の条約》をもとにしていて、ヒックスは、反転した版画で、これを見ていたため、ヒックスの場面は、ウェストの原画と、左右が逆になっています。
批判的な視点
ブルックリン美術館は、レナペ族が、のちに、ペンの息子たちが仕組んだ、詐欺的な土地取引によって、ペンシルベニアから、追い出されたと、説明しています。ヒックスの絵が描く、理想的な共存は、実際の歴史では、守られませんでした。この絵の「平和」を、理想の表現として見ると同時に、先住民の土地の喪失という、歴史の現実とも、照らして考える必要があります。
日本との関わり
NGAの展覧会歴には、この作品が、1970年に、日本橋三越(東京)で、毎日新聞社などが関わった、「アメリカのナイーヴ絵画」展に、出品されたと記録されています(図録は、ありません)。
まとめ
《平和な王国》は、信仰の理想を、素朴な筆づかいで描いた作品です。動物たちの、表情のあどけなさと、遠くの条約の小さな場面が、画面の中で、静かに対話しています。それが、本当に実現したのかを、見る者に、問いかけているようにも見えます。
