ピエール=オーギュスト・ルノワール《帽子の女》とは|ヴェールの下に視線を隠した、1891年のパリの女性

《帽子の女》(1891年)は、印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールが描いた女性像で、東京・上野の国立西洋美術館が所蔵しています。羽根飾りのついた大きな帽子と薄いヴェールの下から、そっと視線をそらす女性。白いレースのブラウスと、青と黄の縞の背景が、柔らかな光の中で溶け合っています。実業家・松方幸次郎が1921年に購入した、松方コレクションの一点です。

基本情報

《帽子の女》

作者はピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919)、制作年は1891年。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは56×46.5cmです。画面の右上に「Renoir」の署名があります。所蔵は国立西洋美術館(松方コレクション)です。

制作背景|1890年代の「帽子の女たち」

ルノワールは1890年代に、流行の帽子をかぶった若い女性の絵を何点も描きました。メトロポリタン美術館の解説によれば、この主題を、華やかな帽子が流行遅れになった世紀末になってもなお描き続け、画商が、もう描かないよう説得しようとしたほどだったといいます。

1880年代半ば、ルノワールは古典的な硬い描法に傾いていましたが、1880年代後半からは再び柔らかな筆致へ戻り、淡い色を重ねる画風を深めていきます。1891年の本作は、その流れの中で描かれました。装いに身を包んだ女性という主題は、ルノワールが生涯を通じて惹かれ続けたものでもあります。

見どころ|ヴェールと帽子の下の視線

《帽子の女》

画面で最も印象的なのは、帽子と薄いヴェールの下に隠れた女性の顔です。大きなつばの影が目元を覆い、その上に透けるヴェールが重なっているため、視線ははっきりと見えません。顔は少し下を向き、画面の外のどこかを見つめているようです。誰かを見ているのか、考えごとをしているのか、答えは画面のどこにも書かれていません。

頬や唇には、あたたかなピンクが差されています。陰になった目元の青みとの対比が、顔立ちに柔らかな立体感を与えています。帽子には、薄い青と灰色の羽根飾りが渦を巻き、黄色いリボンが一点だけ明るい差し色になっています。

見どころ|絵具で描かれた白とレース

ブラウスの描写も見逃せません。高く立ったフリルの襟、ふくらんだ袖、そこに散るレースの模様は、細かく描き込まれているというより、白や淡いグレー、薄紫を筆で置いていくことで表されています。白い布の影には青紫が使われ、光を受けた部分は黄色みを帯びています。白一色のはずの服が、さまざまな色を含んで輝いています。

背景は、左が青紫、右が黄土色から赤へと続く縦縞で、カーテンのように見えます。椅子の背にもたれる腕と手は、力が抜けたまま画面下に流れていて、静かなくつろぎが伝わってきます。耳元の小さな青いイヤリングも、さりげない彩りです。

来歴|画商から松方へ、そして返還

本作は1891年6月11日、パリの画商デュラン=リュエルがルノワール本人から購入しました。その後、1921年12月31日に、神戸の松方幸次郎が同画廊から買い求めています。

その後の経緯は、松方コレクションの運命そのものです。1944年にフランス政府が接収し、1952年にはサンフランシスコ平和条約に基づいてフランス政府に帰属しました。1959年1月23日にフランス政府から日本政府へ移管され、同年4月、国立西洋美術館に収められました。同館の開館は1959年です。

評価と影響

《帽子の女》は、ルノワールが1890年代に繰り返し描いた「帽子の女たち」の流れに連なる作品です。柔らかな筆致、淡く明るい色彩、装いに包まれた女性像という、ルノワールの魅力が凝縮されています。日本で見られるルノワール作品の中でも、松方コレクションの来歴と結びついた一点として、国立西洋美術館の常設展示を彩っています。

まとめ

《帽子の女》は、顔の半分を帽子とヴェールに隠した女性を描くことで、かえって見る者の想像をかき立てる作品です。誰を見ているのか分からない視線と、光を含んだ白いブラウス。ルノワールが好んだ「華やかな装い」の魅力が、静けさの中に溶け込んでいます。

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